新潟県北部の中心地として栄えてきた城下町村上。
松尾芭蕉が「奥の細道」の途中、立ち寄った地でもあります。
いにしえより伝わる文化・伝承をご紹介します。
二百数十年前に建設され、その後復原された若林家住宅。若林氏は、村上藩で物頭(ものがしら)役150石で…
宝暦8年(1758)、悪霊除けと藩主の150回忌のため、城下の要所に建てられた石仏です。九品とは、極…
真言宗のお寺で寺伝では元海上人が開かれたとされていますが我が国最後といわれる仏海上人の即身仏(明治3…
一般的には略して羽黒神社と呼んでいます。祭神は奈津比売命(なつめのみこと)・倉稲魂命(うがのみたまの…
樹齢1200年と推定される大杉で樹種が熊杉系、根廻り13.4m、樹高39mの大きさで、県内でも稀にみ…
石船神社は延喜式の磐舟郡八座の筆頭に記されていて、この地方に古くからある神社だということがわかります…
慶長年間には全国の産金量の3分の1を産出したと言われている鳴海金山跡は、当時のタヌキ掘り(手堀り)の…
大満虚空蔵菩薩像は奈良時代の高層、行基が730年現在の村上市朝日地区を訪れた際に民衆を苦難から救う為…
仁平元年(1151)に石黒総介正盛がこの地に一ノ宮河内大明神を建てたのが起こりとされ、句碑には後白河…
旧朝日村の葡萄峠に鎮座する漆山神社は,「延喜式」所載の「漆山神社」である。地元では「やぶき明神」と呼…
戦国時代活躍した鮎川氏の本城と伝えられ、東西700m・南北200m大要害で、特に50条をこえる、畝形…
村上は、城跡・武家町・町人町・寺町が残る古い城下町です。中でも町人町には、今も伝統的な家屋が住宅や商…
嘉永5年(1852)2月の記録に「古来の能装束が切損し約に立たなくなったので奉納を願う」とあることか…
幕末期の40年間、徳川御三卿の一つであった一橋家の陣屋跡。明治以降は跡地に旧金屋村役場が建てられまし…
仏を守り、悪者を追い払う戦神としてふるくからひとびとの信仰を集める不動明王。昔は、大杉が群生する不動…
旧貝附村国道筋に建てられた石碑。 「越後なる せばの渡しの 朝嵐 昨日も吹いて 今日も吹くなり」と…
奥三面地区の民家を移築し、文化遺産として後世に伝えるもので、各種イベントなどに利用できます。約150…
外観は、村上市掘片にあった明治時代後期の擬洋風病院建築物を参考として設計されています。 内部展示場…
耕雲寺は応永元年(1394)に傑堂能勝禅師が開かれた寺で、傑堂の師の梅山聞本禅師を開祖としています。…
文化15年(1818)に建てられたこの寺は、この地方では珍しい白壁土蔵造。本尊は丈六の阿弥陀如来の座…
村上城は、標高135mの臥牛山(がぎゅうさん)に築かれた城で、築城年代は不明ですが、16世紀前期には…
この神社には、義経が奥州へ逃れる途中、供の弁慶が社の前の岩の上に立ち日本海を眺め、「さても麗わしき景…
園内には雅子妃殿下のご祖母静様の父方の実家にあたる武家住宅「旧嵩岡家住宅」のほか「旧岩間家住宅」、「…
村上大祭で曳き回される「おしゃぎり」と呼ばれる山車を常時3台展示していることから「おしゃぎり会館」と…
村上市山北地区の山間を18キロメートルにわたり横断している。かつては松尾芭蕉が「奥の細道」の旅で越後…
筥堅八幡宮は延喜21年(約1080年前)、福岡筥崎宮の八霊を筥堅山に迎えて建設された。社殿は、日本海…
かつて日本の主要道であった出羽街道の宿場街として、出羽三山への参拝者など多くの人びとが訪れました。明…
貝附の不動堂跡地に群生する樹齢300年の大杉。一番大きいもので幹の周囲が3m45cmと、巨木の歴史を…
金毘羅神社参詣のための130段の昇降石段。築年代は不明だが、明治初年(1868年)、花立の石工・喜三…

















