稲荷山(番所山)にある三角点。その奥には荒川河口と日本海が見えます
2024(令和6)年6月、村上市は文化庁が認定する日本遺産「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間 ~北前船寄港地・船主集落~」*に追加認定されました。村上市内の構成文化財は、海岸線に沿って北から順に山北[さんぽく]・上海府[かみかいふ]・瀬波・岩船・塩谷・海老江[えびえ]といった集落に点在していますが、中でも塩谷には多くの遺構が残り、まちを歩けば往時の空気を感じることができます。
*日本遺産(Japan Heritage)は、地域の歴史的魅力や特色を通じて、日本の伝統・文化を語るストーリーを「日本遺産」として文化庁が認定するもの。ストーリー#39「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間 ~北前船寄港地・船主集落~」は、江戸中期~明治30年代まで航行していた北前船に関するもので、構成自治体は16道府県52自治体、村上市は新潟県内では新潟市・長岡市・佐渡市・上越市・出雲崎町についで6番目の認定となりました
今回は、湊町・塩谷をガイドとともに巡り、北前船が航行していた頃から残る通りや町屋を訪ね、北前船が寄港したことでこの地に根付いた文化に触れてきました。また、塩谷へ行ったら立ち寄ってほしい「寄り道スポット」も紹介します。
(取材日:2025年4月下旬)
まずはガイドの紹介、塩谷活性化推進協議会の野澤道雄さんです。
笑顔が苦手な野澤さんですが、実際は朗らかなで博識な人です
野澤さんは、塩谷でしょうゆ・みその製造を手掛ける野澤食品工業の代表でもあり、息子の陽祐[ようすけ]さんとともに造るしょうゆ「二年熟成醤油 ふたなつ」は、新潟ガストロノミーアワード2023 特産品部門30の一つにも選ばれました。
野澤食品工業 公式サイト
https://www.nozawa-shokuhin.co.jp/
※外部リンク
NOZAWA
https://www.nozawa-shokuhin.com/
※二年熟成醤油 ふたなつ・ワイン樽熟成みそ ふたたびの特設サイト
※外部リンク
今回は、塩谷集落に残る北前船が行き交った頃の遺構を巡るということで、次の場所を野澤さんとともに巡りました。
≫前編
①稲荷山(番所山)
②瀬賀惣一郎商店
寄り道〈1〉銀月堂
≫後編
③鹽竈[しおがま]神社
寄り道〈2〉元菓子屋[もとがしや]
④野澤食品工業
前編は、①稲荷山(番所山)~②瀬賀惣一郎商店~寄り道〈1〉銀月堂を紹介します。
※後編は6/10(火)公開予定です
まずは、①稲荷山(番所山)を目指します。
稲荷山(番所山)へは、塩谷集落を南北に貫くメインストリートを進みます。それにしてもこの道、幅が広くてまっすぐ延びていますよね。なぜかというと、現在の塩谷集落は江戸中期に計画的につくられたまちだからなのです。
かつて塩谷集落があったのは、現在地から約600メートル内陸に入った古屋敷[ふるやしき]と呼ばれる場所。村上藩はここに蔵屋敷を置き、内陸水運を活かして年貢米輸送の要衝としました。時代は下って江戸中期、日本海海運が発達すると年貢米輸送はそれが担い、内陸水運は急速に衰退します。そこで塩谷の人々は集落移転を決め、1716(享保元)年に現在の荒川河口へと移ります。その際、船荷を効率的に上げ下ろしするため、計画的に通りや小路を整備したのです。
これが奏功し、塩谷は北前船の寄港地として発展、海老江・桃崎浜(胎内市)とともに「荒川三港」と称されました。
塩谷集落の成り立ちを聞いているうちに、稲荷山(番所山)の入り口が見えてきました。
稲荷山(番所山)
https://www.sake3.com/spot/7133
この小高い山(と呼ぶにはあまりにも低いのですが)は、山頂に村上藩が番所を設け、港や人の往来を監視したことから、当時は「番所山」と呼ばれていました。明治になって番所が廃止されると、山頂に稲荷神社*があったことから「稲荷山」と呼ぶようになったとのこと。
*番所勤めの役人が勧請したそう
登山口(と呼ぶにはあまりにも低いのですが)には鳥居、稲荷神社の眷属である狐の像が左右に置かれています。
山道(と呼ぶにはあまりにも低いのですが)をひょいひょいっと上っていく野澤さん。石段は37段しかありません。
あっという間に山頂へ到着、小さなお社が立っています。
お社に向かって左側、小さな標石が据えられています。これは国土地理院が設置した三等三角点*。これがあるため、稲荷山(番所山)は標高が15.3メートルしかないにも関わらず、山(しかも新潟県で一番低い)として認定されています。
*三角測量に用いる際、経度・緯度・標高の基準となる点のこと
稲荷山(番所山)山頂から荒川河口を臨みます。
河口の位置や砂浜の広さは、北前船が往来していた頃とは違っていますが、絶え間なく打ち寄せる波の音は往時と変わりません。
お社に向かって右側へ移動すると塩谷集落が一望できます。計画的に造られたまっすぐな通り、その左右には湊町らしい妻入り屋根の家々が並びます。
稲荷山(番所山)登頂後は、登頂証明書もぜひ手に入れてください。
※入手方法については記事の最後をご覧ください
次に向かったのは、②瀬賀惣一郎商店です。
江戸中期から大正にかけて、主に米・塩・酒・反物を扱う廻船問屋として繁盛した商家で、鉄筋コンクリート造りの洋風な倉庫(写真左側)からも往時の隆盛がしのばれます。写真の店舗兼主屋と倉庫は、2016(平成28)年に登録有形文化財(建造物)に登録されました。
現役の商店兼住居なので、普段は中に立ち入ることはできませんが、ガイドと一緒なら町屋内部や倉庫内も見学可能です。
写真の大きな木の扉は、塩谷町屋の特徴の一つである大戸[おおど]。かつては表口の戸として使われていましたが、現在はその前にもう一つ玄関戸を設けている家が多く、中に入らないと見ることができません。瀬賀惣一郎商店の大戸は、木はケヤキで拭き漆が施されており、大店[おおだな]らしい堂々としたたたずまいです。
大戸の先には通り土間が延び、その先は茶の間へと続きます。写真中央上の【ヘ】の下に【上】は屋号*といわれるもので、瀬賀惣一郎商店の場合は山上[やまじょう]と呼びます。
*苗字とは別に家や店を呼び分ける通称
茶の間上部には立派な神棚が。あらかじめ壁を凹ませ、神棚のスペースを確保する手の込んだ造り(今でいうところのニッチのような感じですかね)です。こちらもケヤキに拭き漆で仕上げています。
茶だんすの取っ手部分の金具にも屋号が打ち出されています。ぜいたくなおあつらえ品です。
2階の客間はさらにぜいが尽くされており、縁起物が彫られた欄間は、村上木彫堆朱の名工・小野為郎[おの-ためろう]の作とのこと。
村上木彫堆朱について
https://www.sake3.com/speciality/tsuishu9
部材のあちらこちらに漆が使われているのは、当時、村上の朝日地域で採れた漆がここから北前船に乗せられ、各地へ運ばれていったから。北前船は、大坂~北海道を往来しながら寄港地で積荷を売り、地域の特産を買い付けて移動する、いわば「海の総合商社」でした。村上からは、米・酒・茶・漆・木材等が買い付けられ、漆は能登や京都といった漆器の産地へ売られました。
続いて、倉庫の中へ。
1929(昭和4)年に建てられたこの倉庫は、県内でも初期の鉄筋コンクリート製。切妻屋根で和と洋が融合したモダンな外観です。
内部(2階部分)は、真っ白なコンクリート壁にはめ殺しの窓。耐火・耐震・耐久性に優れています。
※室温管理が難しいのが難点だそうです
現在は、棟札やおびただしい数の帳簿、古道具がしまわれています。
重厚なつくりに細部にまでこだわった内部装飾とぜいたくな調度品、往時の活気が感じられる瀬賀惣一郎商店でした。外観だけでなく、内部見学もぜひお楽しみいただきたいです。
さて、前編最後は寄り道〈1〉銀月堂です。
1910(明治43)年創業の老舗和菓子店。ショーケースには、塩谷にゆかりのある名が付いたお菓子が並び、おみやげにしたら喜ばれそう。
創業当時からある「最中 お幕場の月」(160円・税込)やフランボワーズ入りミルクあんが入った「すなまは散歩」(165円・税込)、日本海に沈む夕日をイメージした「おひさまクッキー」(5枚入り700円・税込)など、気になるお菓子がいっぱい並んでいます。
お幕場森林公園
https://www.sake3.com/spot/71
今回は、手作り飴(160円・税込)を購入。味はしょうゆ・黒糖・ニッキ・ハッカの4種類あります。一粒ずつオブラートに包まれていて、懐かしい甘さとともにノスタルジックな気分に浸れます。
以下、余談。
塩谷集落ではネコをよく見かけます。
銀月堂の前でひなたぼっこしていた茶トラ。
ガイドと巡る湊町・塩谷さんぽ【前編】
補足&まとめ
●塩谷の観光ガイドは、塩谷活性化推進協議会(野澤食品工業内・TEL 0254-66-5507)へお申し込みください。
●ガイド申し込みは、希望日の1週間前までにお願いします。ガイド料金はお一人様500円・所要時間は2時間程度です。
●稲荷山(番所山)の登頂証明書は、野澤食品工業・銀月堂・蕎麦のやませんで配布しています。
●まち歩きは、履きなれた靴(スニーカー等)でお楽しみください。
後編もお楽しみに!
稲荷山(番所山)
https://www.sake3.com/spot/7133
瀬賀惣一郎商店
所在地 村上市塩谷1234
※主屋および倉庫の内部は通常公開されていません
銀月堂
所在地 村上市塩谷1256
電話番号 0254-66-5550
営業時間 8:00~18:30
定休日 不定休
駐車場 3台