イラスト:石田 光和(エムプリント)
十二天村[じゅうにてんむら]の三左衛門を襲った一揆勢は、騎虎[きこ]の勢い猪突猛進。激情に逆情を重ね、法螺[ほら]を吹き鳴らすと、その音に応えて鯨波[とき]の声を上げる。
そして誰からともなく「次は高野村だ、高野の勝左衛門ば目標だぁ」「そうだ、それが道順だぜ。第一、あの勝左衛門も強欲。米はよほど買い溜めしている」「よし、問答無用だ。やれやれ」とあちこちから声が上がるが、それを制する者もいる。その者の言い分を聞いてみると「まあ待て、米さえ出せば文句はねえあんだろが。ならば俺が掛け合ってくる。ただし皆の衆で家屋敷を取り巻いて、脅しをかけてくれろ」。
高野村は十二天村の南で胎内川の北岸にあり、たび重なる洪水で新田開発もままならぬ小村であった。その中にあって勝左衛門は適当に私腹を肥やしていたものか、掛け合ってくると公言した者は、大衆を前に昂然と胸を反らしながら勝左衛門の玄関の戸を叩くと、すでに十二天村が襲われたことを知った勝左衛門は、覚悟を決めていたか血の気を失った面を震わせ、掠[かす]れる声で、「どうか好きなようにしてくてぁんす(どうか好きなようにしてください)」。
「よし、ただし値段は当方の言い値だ。ええの」。良いも悪いもない。100俵ほどの米を言い値とはいえど、ただ同様の値で放出させた。勝左衛門は、放心した顔と蹌踉*[そうろう]とした足どりで蔵の錠を外すと、一揆衆は蜂が巣にたかるように蔵になだれ込み、次々と米俵を運び出す。
*足元がふらついて、よろよろする様子
そして「次はどこだぁ。横道村だや、だば横道の治助かあ」。
横道村は高野村のやや上流で至近にある。時刻はすでに丑三ツ[うしみつ]*に近いか、妙に赤くいびつな形の月が傾きかけている。その宙の下に、一揆衆は異様な興奮で醜悪になった顔を松明で浮び上がらせて連なる。
*午前2時から2時半
その村は、人口160名前後のこれまた小さな村で、4~50軒ほどの百姓家は一揆勢を恐れて軒を傾け、一点の灯も漏らさずにひっそりとしている。やがて火の波となり、流れとなった松明は、治助の家屋敷をぐるぐると取り囲む。すると、高野村の場合と同じく、一人の男が大音声で「待て待て、襲う前に俺が話をする。俺の話が通らなかったときは武力に訴えよう」。
武力に訴えるなどと、一端[いっぱし]の侍のような口である。ずかずかと無遠慮に歩を寄せると、玄関の戸を壊れんばかりに叩き、「安米を買い占めて土蔵に積んであることは先刻承知の助だわ。四の五の言わずにその米を出せばよし。出さずば汝[な]はもとより、汝の嚊[かかあ(妻)]子どもにまで害がおよびやもしれぬ。どうだ、白か黒かはっきりせい」。
そう怒鳴ってやると、暗い家に明かりが灯り、当の治助だろう、バタバタと荒い足音が聞こえてきて、もつれる舌で「米ならば出す出す。持って行ってくれ」と蒼白な顔に鼻水を流し、哀願して蔵の錠を外す。その米150俵。首謀者の次太郎は「よし、その米は後刻取りにくるで」と声を残して、魔風[まかぜ]のように暗黒の村路を駆け抜けていった。
大場喜代司
『むらかみ商工会議所ニュース』
(2011年12月号掲載)村上市史異聞 より