イラスト:石田 光和(エムプリント)
時は25日の五ツ刻(午前8時)前、荒島の庄屋杉左衛門の屋敷へ向かった暴徒は、有無を言わさず打壊しにかかった。襲った村々で出す酒の酔いも手伝って、狂気の集団と化した彼らに恐れるものはなかった。礫[つぶて]は飛び、屋根に穴が空き、掛け矢に叩かれて雨戸が微塵になる。農具が破壊され、籾俵がずたずたに切り裂かれ籾が散乱する。
暴虐に暴虐が酔ったか、眼に血管の網を張り、修羅の血に顔を朱に染めた彼らは、あらゆる暴行を加えて杉左衛門屋敷を去った。そして向かった先は「羽ヶ榎[はがえ]だあっ、羽ヶ榎の伴之丞をやれっ」。盟主・次太郎の下知を待つまでもない、怒涛のようになって駈け出す。
一方、暴徒の襲撃を察知した伴之丞は、屋敷の前庭に筵[むしろ]を敷き、その上に酒飯を置き、自分は裃袴を着て待っていた。そうした処置に流石の暴徒も暴力に訴えず、談判に応ずる気配を示す。さればと伴之丞の倅[せがれ]助之丞は、きわめて穏便に「一体、何が望みなんだ。その要求、望みを叶えてやるから言え」そう言うと、次太郎ら5~6人の重立ちは、「話が分かればよし。おれらが求めているのは今日の暮らし、昨日の生活の糧なんだ。どうだ米三千五百俵の放出と入付米3カ年休み。これを保証するなら手を引くが、だめだば目に物を見せてやる」。そう言っている背後で「四の五の言っていねで、さっさと片付けろ」「なにぐずぐずしているんだ、重立衆よ」。助之丞という人物は、よほど腹の坐った人物であったか、それらの大衆には一瞥[いちべつ]も与えず、「よし分かった。汝らの要求どおりにする」。その一言で暴徒は、勝閧[かちどき]に似たような声を上げながら、用意された飯と酒に食い付く。そのさまは、さながら餓鬼か畜生が取り付いたような浅ましさであった。
そして腹を満たすと、次の目標地の佐々木村へ走る。羽ヶ榎と佐々木はわずか二、三町しか離れていない。折悪しく、庄屋・峯右衛門は病気で、その代理として組頭の清治が対応に出たところ、無分別のうえ興奮に興奮を重ねたか、暴徒らは「問答無用だあっ、やっちまえ。清治に騙されるな」と手に手に礫を持ち、峯右衛門の家屋敷めがけ投げ込む。まさか襲われるとは思わなかった峯右衛門とその家人は、腰が抜けるほど魂消[たまげ]て膝を震わしながら逃げ出した。
暴徒の破壊行為は、制して制しきれるものではないし、また誰一人として理性のある者はいない。そのうち戸障子はもちろん、天井板は剥がされるし柱は切られる。果ては神棚や仏壇までをもぶっ壊し糞壷へ投げ込むし、井戸へは臼までもが落とされた。放火こそされなかったが、まさに落花狼藉[らっかろうぜき]これに過ぎるものはないほどで、濛々[もうもう]たる粉塵が納まったのはその日の正午であった。
大場喜代司
『むらかみ商工会議所ニュース』
(2012年4月号掲載)村上市史異聞 より