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イベント情報

令和8年 村上七夕まつり

まつり

2026年8月16日(日)・17日(月)

七夕屋台(大町)

獅子舞(肴町)

獅子舞(塩町は夫婦獅子)

夜の獅子舞

七夕屋台がまちを巡行し、獅子舞が悪鬼を追い払います

【ご注意ください】
以下の情報は例年の開催時のものです。
内容は最新情報が入り次第、随時更新していきます。

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村上の七夕は、睡魔を払う「ねぶり流し」、江戸時代に五節句の一つとして中国から伝わった「星祭り」、邪気を払って延命を願う「伊勢信仰」が結びつき、明治時代には現在のようなかたちになったといわれています。村上七夕の主役は子どもたちです。七夕屋台が各町内を巡行し、ご祝儀をいただいた家の前では獅子舞を踊り、悪鬼を追い払います。
住所 村上市街地一帯
電話番号 0254-53-2258(村上駅前観光案内所「むらかみ旅なび館」) ※9:00~17:00 0254-53-2258(村上駅前観光案内所「むらかみ旅なび館」) ※9:00~17:00
開催期間 2026年8月16日(日)・17日(月)
URL https://www.instagram.com/murakamitanabata0817/
アクセス(車) 日本海東北自動車道「村上瀬波温泉IC」から車で約5分
アクセス(電車・バス) JR羽越本線「村上駅」から徒歩で約20分
駐車場(台数) 市内の観光駐車場をご利用ください
主催者 村上七夕祭実行委員会
大きなマップで目的地までのルートチェック

関連スポット

黒塀通り(安善小路)

城下町の風情が漂う、黒塀が続く小路です。通りには寺院や有名割烹が立ち並び、歴史と趣が感じられます。例年10月の第2土・日曜日には「むらかみ 宵の竹灯籠まつり」の会場になり、揺らめく約2万本もの竹灯籠の明かりと各所で奏でられる音楽に酔いしれる人々でにぎわいます。 ▶安善小路について 小町[こまち]から寺町へ抜ける小路。ここは古くから安善小路[あんぜんこうじ]と呼ばれていた。 安善寺に由来する。安善寺は浄土真宗大谷派。明暦元(1655)年創立。安善寺の寺伝によると、この土地は榊原公から拝領したものとある。 その榊原氏が城主の頃の『元禄村上城下絵図』には、安善寺と小路が描かれている。現在、黒塀小路(または黒塀通り)と呼ばれることもあるが、これは景観整備で黒塀を設置したもので当時はない。また、小町側の村上信金金庫 本店辺りは堀氏時代の絵図には「馬ヤ町」の記載があり、「お馬や小路」と呼ばれていた。 村上ロータリークラブ 2017-2018 村上小古路プロジェクト発行「村上小古路マップ」より

浄念寺

文化15(1818)年に建てられた本堂は、この地方では珍しい白壁土蔵造で、日本で一番大きなこともあり、平成3(1991)年に国の重要文化財に指定されています。 建築については、防火を考えて大壁の土蔵造りとし、屋根はこけら葺きにしました。丈六の阿弥陀如来像を安置するため、棟木の高さが35尺にもなり、それにふさわしく梁間9間・桁間11間、2階部分もそれぞれ6間・9間という大きさになりました。 本尊は丈六(5m)の阿弥陀如来の座像(木像)で、この地方には類のない大きさで見事なものです。なお、本堂は間部詮房の百回忌に合わせて江戸で設計され、村上の大工の手で建築されたものです。 また、芭蕉と曽良が参詣したことでも知られています。

伊夜日子神社[いやひこ-じんじゃ]

瀬波温泉 噴湯公園(明治37年に温泉が噴出した温泉源泉井戸がある公園)内にあり、越後一宮 彌彦神社(西蒲原郡弥彦村)の御神霊を分霊して祭っています。本殿から、さらに石段を上っていくと奥の院があり、そこからは瀬波の温泉街や日本海が一望できます。

車屋の看板

一桁の電話番号が書かれた看板は、明治43(1910)年のもの。また、屋号が刻印された特注の屋根瓦も見ものです。目を凝らして探してみてください。 ※個人宅の看板なのでマナーを守ってご覧ください

村上市指定文化財 旧嵩岡家住宅

直屋・寄棟造りの住宅で、平成8(1996)年に現在地に移築復原されました。この建物は、玄関を入るとすぐに茶の間があり、隣に主人の接客と居室を兼ねた座敷を備え、接客と居住空間の明確な区別がありません。また、上屋の梁間が二間半ということから、隣の旧岩間家住宅と比較すると茅葺き屋根が大きく見えるのが特徴です。 【旧嵩岡家住宅の解体格納と復原の経緯】 旧嵩岡家住宅の屋敷は現在の村上市新町にありましたが、昭和62(1987)年に宅地造成のために解体されることになりました。その解体に際にして、村上市に現存する数少ない武家屋敷の一つであること、比較的保存状態が良かったことなどから、解体されることを前提としながらも、村上市教育委員会はこの旧嵩岡家住宅を市の有形文化財としての指定を行いました。 これによって建築部材の格納保存を目的とした解体調査工事と復原調査が行われ、主要な小屋組部材、軸部材及び天井部材などの内部造作材の保存格納が行われました。 平成5(1993)年、皇太子殿下と小和田雅子様の御成婚を記念しての記念公園整備事業が平成6(1994)年より計画着手されましたが、嵩岡家が小和田家と縁戚関係にあることから、この記念公園整備事業の目玉として旧嵩岡家住宅の復原が行われることとなりました。そして、この御成婚を記念した公園内には、この旧嵩岡家住宅のほか、旧岩間家住宅、さらには旧藤井家住宅の3棟の武家屋敷が復原されることとなりました。 (村上市郷土資料館) 【嵩岡家と旧嵩岡家住宅】 旧嵩岡家住宅が村上市新町にあったことはすでに述べましたが、この新町地内は、江戸時代には主に中下級武士が集住していた地区です。 嵩岡家については、天明7(1787)年の分限帳によると江戸藩邸詰めの武士の中に「平侍百石嵩岡泰蔵」とあります。また、明治初年の村上士族名寄帳によると「給人百石嵩岡小太郎」とあります。そして、明治初年に書き改められた城下絵図には、ちょうどこの場所に「嵩岡五郎左衛門」と記載されています。これらのことから嵩岡家は代々百石を給されていたと考えられ、村上藩では中級に位置する武士でした。 武家屋敷の基本的な性格として、次のことが挙げられます。 ①官舎的性格を有していること ②厳しい建築規制があること ③閉鎖的な屋敷構えであること また、拝領する屋敷の位置や建物の大きさや構造などの基準となるのは、その武士の禄高や身分格式でした。このようなことから復元された旧嵩岡家住宅の構造や間取りなどについては、この復原住宅がそのまま村上藩における百石クラスの武士住宅と即断することはできません。 それまで住んでいた屋敷が火災にあった際、藩は新しい家を調達するだけの余裕がなかったので番所を住宅に充てたという事例があります。この嵩岡家についても、例えば江戸から帰藩した際に、急遽屋敷を賜ったというような特殊な事情があったのではないかと考えられますが、残念ながらその特殊事情を裏付けるようなものは発見されていません。 (村上市郷土資料館) ----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 2026年7月1日(水)から開館時間・休館日が変更になります。 【開館時間】 9:00~16:30(12~2月10:00~15:00) ≫ 9:00~16:30(1・2月10:00~16:00) 【休館日】 火曜日・年末年始 ≫ 水曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始(12/28~1/4) 【変更に関するお問い合わせ】 TEL 0254-53-7511(村上市生涯学習課 文化行政推進室)

大満虚空蔵尊

ご本尊の虚空蔵菩薩[こくぞうぼさつ]は、智恵・福徳をお授けする仏で、丑寅年生まれの守り本尊です。 毎年春(4/13)・秋(10/23)に大祭があり、大護摩祈祷を厳修いたします。

まいづる公園

まいづる公園は、皇太子殿下・雅子妃殿下の御成婚を記念した公園であり、南東方向に村上城跡(別名:舞鶴城)を臨み、公園内には雅子妃殿下ゆかりの旧嵩岡家住宅のほか、旧岩間家を移築復原することにより、市民の祝意を永く顕すとともに村上藩士の生活文化を展する重要な歴史文化施設としても意義深い公園です。 ----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 2026年7月1日(水)から武家屋敷の開館時間・休館日が変更になります。 【開館時間】 9:00~16:30(12~2月10:00~15:00) ≫ 9:00~16:30(1・2月10:00~16:00) 【休館日】 火曜日・年末年始 ≫ 水曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始(12/28~1/4) 【変更に関するお問い合わせ】 TEL 0254-53-7511(村上市生涯学習課 文化行政推進室)

西奈彌羽黒神社[せなみ-はぐろじんじゃ]

一般的には略して羽黒神社と呼んでいます。祭神は奈津比売命[なつひめのみこと]・倉稲魂命[うがのみたまのみこと]・月読命[つきよみのみこと]です。 寛永10(1633)年、ときの村上藩主・堀丹後守直竒が神社を上(城)から見下ろすのは畏れ多いとして現在の地に遷宮しました。この遷宮祭が行われたのが6月7日で、新暦になってからは7月7日に大祭が行われています。 元禄3(1690)年に村上藩主・榊原勝乗が建立した社殿(神明宮)は、昭和44(1969)年に新潟県指定有形文化財に指定されています。

村上城跡(お城山)

村上城は、標高135mの独立峰・臥牛山[がぎゅうさん]に築かれた城で、築城年代は不明ですが、16世紀前期には城が存在していたものと考えられます。戦国時代には本庄氏の本拠地として、永禄11(1568)年の上杉謙信との篭城戦など、幾度も戦いが繰り広げられました。江戸時代に入ると、村上氏・堀氏・松平氏らの城主によって城の改造と城下町の建設が行われ、村上城は北越後の中心拠点として整備されました。 山頂までの道は整備され、約20分ほどで登ることができます。村上のシンボルとして近隣住民はもちろん、観光客もたくさん訪れる名所です。 ≫ご注意ください ・ゴミ箱は設置されていません。出たゴミは必ずお持ち帰りください ・山頂(天守跡)に自動販売機やトイレはありません。自動販売機は登城口に、トイレはお城山児童公園をご利用ください ・音の出るもの(熊鈴・ラジオ等)を携行し、複数人で行動するなど、クマとの遭遇を避ける対策を行ってください

地蔵様小路

久保多町(くぼたまち)の通りから北に入る小路で、久保多町の地蔵様に通ずる小路を称す。さらに、この小路を左に曲がると秋葉神社に至る。 江戸時代頃の城下絵図には、現在の道筋に加え、地蔵様から右にも小路が続き、片町の「はんにむ小路」に通じていた。元禄時代、榊原氏の頃の城下絵図では、この小路の北側(川寄り)には下級武士の組屋敷があったため、小路としては比較的長い道筋となっている。 市道路線名は「萱場(かやば)線」で、萱場があった。地蔵様は萱場地蔵と呼ばれる。 村上ロータリークラブ 2017-2018 村上小古路プロジェクト発行「村上小古路マップ」より

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