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九品仏 下品下生 上片町地蔵堂境内

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上片町地蔵堂の九品仏 下品下生

印の結び

九品仏は、珂碩上人(かせきしょうにん)が寛永12(1635)年の出家直後に発願したもの

宝暦8(1758)年頃から宝暦10年頃にかけて、城下の安寧と藩主・内藤信成侯150回忌のため、城下の要所に建てられた石仏です。「九品」とは、極楽浄土の九つの階級のことで、九品仏は浄土におられる阿弥陀様の姿。上品上生から下品下生を示すのは「手の印の結び方」によります。2時間位で全部を見て回れます。
住所 村上市上片町5-12
アクセス(車) 日本海東北自動車道「村上瀬波温泉IC」から車で約8分
アクセス(電車・バス) JR羽越本線「村上駅」から村上市コミュニティバスあべっ車『まちなか循環[大回り]』『塩野町線』『大須戸線』に乗車、バス停「上片町」下車(バス停から徒歩で約2分)
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九品仏 下品上生 安泰寺境内

宝暦8(1758)年頃から宝暦10年頃にかけて、城下の安寧と藩主・内藤信成侯150回忌のため、城下の要所に建てられた石仏です。「九品」とは、極楽浄土の九つの階級のことで、九品仏は浄土におられる阿弥陀様の姿。上品上生から下品下生を示すのは「手の印の結び方」によります。2時間位で全部を見て回れます。

孫惣刃物鍛冶[まごそう-はものかじ]

かつては40を越える鍛冶屋が軒を連ねていた村上市鍛冶町。昔ながらの仕事場を残し、現存する建物が最後の一軒となったため、街角博物館として再生されました。 館内では、かつて使われていた鍛冶道具などを展示公開。また、例年「城下町村上 町屋の人形さま巡り」や「城下町村上 町屋の屏風まつり」などのイベントでは、仕事場奥の茶の間に、かわいらしい土人形や屏風も飾られます。

火伏せのいの字石[ひぶせ-の-いのじいし]

観光客が行きかう「越後村上 町屋通り」(県道286号)に「い」の字に埋め込まれた石。この石をアスファルトで埋めたり、隠したりすると火事が起きるといわれ、現在も石を隠さないように道路舗装が行われています。 ※車道に埋め込まれています。見学の際は車の往来にご注意ください

新潟山形県境標柱

村上市伊呉野[いぐれの]に立つ、新潟県と山形県の県境を表す標柱です。向かいには記念スタンプも設置されているので、訪れた際には押してください。

常照山法善院 光徳寺

創立は正保元(1644)年、内藤家三代・信照侯が棚倉(福島県)で開基し、源蔵和尚が開山しました。山号の常照山は、源蔵が内藤家始祖の信成[のぶなり]侯とともに伊豆国(静岡県)韮山[にらやま]へ移った時に常照寺を建立したことによります。法善の院号は信成侯の諡[おくりな]、光徳は内藤家二代・信正侯の諡です。 三の丸にあるこの寺は、古くから代々の城主の菩提寺となりました。寺域は城内の一郭として、国重要史跡に指定されています。 本堂内部には、歴代内藤家当主の位牌とともに、血縁関係があった徳川将軍家の位牌13柱が安置されています。

山上染物店[やまがみ-そめものてん]

百六十余年の時を経て、すすけて黒くなった壁や黒光りした太い梁。まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような、町屋の茶の間もご覧いただけます。 おあつらえで手ぬぐいや法被を承ります。村上茶で染めた商品もどうぞ!!

西奈彌羽黒神社[せなみ-はぐろじんじゃ]

一般的には略して羽黒神社と呼んでいます。祭神は奈津比売命[なつひめのみこと]・倉稲魂命[うがのみたまのみこと]・月読命[つきよみのみこと]です。 寛永10(1633)年、ときの村上藩主・堀丹後守直竒が神社を上(城)から見下ろすのは畏れ多いとして現在の地に遷宮しました。この遷宮祭が行われたのが6月7日で、新暦になってからは7月7日に大祭が行われています。 元禄3(1690)年に村上藩主・榊原勝乗が建立した社殿(神明宮)は、昭和44(1969)年に新潟県指定有形文化財に指定されています。

鹽竈神社[しおがま-じんじゃ]

承安3(1173)年、塩谷字古屋敷(現在の松和町)の地に創建。慶長2(1597)年に本庄出羽守[ほんじょうでわのかみ]家長とその父・重長の病気平癒、武運長久と繁栄を祈願し、社殿を再建したと伝えられています。享保16(1731)年には境内地の狭隘化[きょうあいか]により、現在地に奉遷されました。現社殿は明治11(1878)年に再建されたもので、昭和18(1943)年に拝殿および幣殿が改築されました。 主祭神は塩土老翁命[しおつちおじのみこと]、合殿は天照皇大神[あまてらすすめおおみかみ]、水波売命[みずはのめのみこと]を祭っています。 また、塩谷では「亀」を氏神の使いであるとして、とても大切にしています。亀をモチーフにしたおもちゃやお菓子などは、境内の池に納める習わしがあるといわれています。

筥堅八幡宮社叢[はこがた-はちまんぐう-しゃそう]

筥堅八幡宮は、延喜21(921)年に福岡筥崎宮の八霊を筥堅山に迎えて建設されました。社殿は、日本海の荒波を望む海抜約60mの北側と西側に絶壁のある岩山(筥堅山)の山頂に鎮座しています。筥堅山は、文字通り筥(箱)を積み重ねたように海岸に突き出た山容をしており、山全体が神を祭る巨大な磐境[いわさか]になっています。神の山として社叢内を保護したため、原始林相が保たれました。カヤ・アサダの大樹は県内一といわれています。

漆山神社

旧朝日村の蒲萄[ぶどう]峠に鎮座する漆山神社は、『延喜式』所載の「漆山神社」のことです。地元では矢葺[やぶき]明神と呼ばれています。鎮座地は、国道7号の蒲萄トンネルを抜け、蒲萄集落の手前から旧道を2.5キロメートルほど入ったところにあります。羊腸の悪路に終始悩まされますが、この小径はかつては越後と出羽を結ぶ要路であり、松尾芭蕉もここを一日で越えて村上に入りました。

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