
イラスト:石田 光和(エムプリント)
狭く小さな山地ゆえ、作戦を展開する上で寡兵の上杉顕定[うえすぎ-あきさだ]勢には有利だった。片や加勢衆が入り混じった高梨方は、指揮命令系統が一本でないため混乱し歩調が一致せず、しかもはやる心で一気に勝負をつけようとした高梨政盛[たかなし-まさもり]の判断が甘かった。ものの数刻もぜずして高梨兵は敗れた。これに気をよくした顕定は、関東衆が得意とする野合せ(野戦)で勝負を決しようとした。
後方の長森原[ながもりはら]に布陣する500余の長尾為景[ながお-ためかげ]兵に攻撃の鉾先を向けたのである。緒戦で高梨勢に勝ち、為景勢を弱兵とみた顕定の判断であった。事実、高梨勢を敗走させた顕定勢の戦意はすこぶる高く、迅雷[じんらい]*のように為景兵に襲いかかった。為景兵は何がなんで、かくも脆いのかと思うほど弱い。
*迅雷 …激しい雷鳴
一方の上杉顕定という人物は、打物*にも膂力[りょりょく]*も人に勝れていたが、武将というには資質が欠けていた。やはり公家あがりの武士であった。為景の弱兵に勝ち、悠揚迫らず得意然としていたところに、態勢を立て直した高梨政盛が不意に逆襲をかけたのである。このとき高梨の手勢は700、野合せでは兵力の差が戦を左右する。数にものを言わせて新手新手を投入する。
*打物 …刀剣等の打ち合って戦う武器
*膂力 …筋肉の力。腕力
兵もまた、社頭での御神託を信じ勇気奮発、猛り狂って槍を振るう。ついに顕定勢は崩れ、腹が破れ背が食われた鯰[なまず]のようになった。顕定は朱の唇を黒い歯でかみ、青い眉を釣り上げて、馬腹を蹴りつつ叱咤する。湿気の濃いむっとする長森原の草がなぎ倒され、砂利を蹴飛ばし砂塵が舞った。
いつの間にか顕定の周囲から部下の将兵は離れ、見知らぬ姿が増えつつあった。その中に薙刀[なぎなた]をかい込み、手綱さばきも鮮やかな騎馬武者が駈け寄ってきた。高梨政盛だった。政盛は、顕定の武者姿を一目見ただけで敵将・上杉顕定と分かった。馬具から鎧、武具が越後の田舎武者の持つものでなく、華麗な装飾を施したもので、いかにも公方好みであったからだ。
政盛は馬から下りて槍[やり]をつけると、顕定も馬を下り薙刀を構えた。二人のみが乱闘の巷[ちまた]から取り残され、槍と薙刀のいつ終わるとも知れない演技に死力を尽くしてる。面倒とばかりに政盛は、からりと打物を捨て、大手を広げ、何か怒鳴った。組んで勝負をつけようと言ったのだ。喚[おめ]きが聞こえ、具足のぶつかり合う鈍い音がして共にどっと倒れ、上になり下になり激しくもみ合っていたが、やがて黒具足の武者が立ち上がり、槍で貫いた兜首を高々と掲げ、異様な大呼[たいこ]を上げた。
芦[あし]むらが血に戦慓[せんりつ]し、夏空が赤黒く曇り、強風が吹き抜けた。子息・憲房[のりふさ]は父敗死の悲報に接すると抗戦の不可を悟り、将兵に撤退命令を告げ渡した。ひとまず妻有[つまり]の山吉を頼り、それから上州の白井城に入り屈辱戦を挑むつもりであった。
大場喜代司
『むらかみ商工会議所ニュース』
(2013年7月号掲載)村上市史異聞 より