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小俣白山神社の大杉(姥杉)

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推定・樹齢千二百年の大杉

樹齢千二百年と推定される大杉で、樹種は熊杉系。根廻り13.4m・樹高39mの大きさで、県内でもまれにみる老杉です。白山姫命を祭るこの神社は、昔は小俣集落の佐藤一族の氏社でしたが、今は全集落民の氏社となっています。白山神社では、生まれた子どもが初めて氏神様と対面する時、この大杉の下で泣かせて、子の行く末を祈る風習が残っています。
おすすめ! 日本国の登山後に散策してもよし。
樹齢千二百年のパワーを感じてください。
住所 村上市小俣(白山神社)
アクセス(車) 日本海東北自動車道「朝日まほろばIC」から車で約55分
アクセス(電車・バス) JR羽越本線「府屋駅」から路線バス『雷・勝木線』に乗車、バス停「小俣」下車(バス停から徒歩で約6分)
駐車場(台数) 無
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関連スポット

九品仏 下品下生 上片町地蔵堂境内

宝暦8(1758)年頃から宝暦10年頃にかけて、城下の安寧と藩主・内藤信成侯150回忌のため、城下の要所に建てられた石仏です。「九品」とは、極楽浄土の九つの階級のことで、九品仏は浄土におられる阿弥陀様の姿。上品上生から下品下生を示すのは「手の印の結び方」によります。2時間位で全部を見て回れます。

旧マルマス醬油蔵(旧野澤豊五郎醸造醬油蔵)

明治初期からしょうゆの醸造を手掛けていましたが、平成15(2003)年に廃業。百数十年の歴史に幕を降ろしました。 現在は、蔵の大空間を利用した多目的ステージやカフェスペースとして利用されており、イベント時などに開放しています。また、平成27(2015)年7月には、映画『殿、利息でござる!』の撮影が行われました。 平成28(2016)年8月1日、塩谷集落内の野澤食品工業店舗兼主屋・野澤三次郎住宅・瀬賀惣一郎商店兼主屋と倉庫とともに国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。

新潟山形県境標柱

村上市伊呉野[いぐれの]に立つ、新潟県と山形県の県境を表す標柱です。向かいには記念スタンプも設置されているので、訪れた際には押してください。

伊夜日子神社[いやひこ-じんじゃ]

瀬波温泉 噴湯公園(明治37年に温泉が噴出した温泉源泉井戸がある公園)内にあり、越後一宮 彌彦神社(西蒲原郡弥彦村)の御神霊を分霊して祭っています。本殿から、さらに石段を上っていくと奥の院があり、そこからは瀬波の温泉街や日本海が一望できます。

早撰堂

江戸時代から続く、国の登録有形文化財に指定された大正ロマンあふれる和菓子店。建物は明治26(1893)年建築、平成16(2004)年に町屋再生プロジェクト第1号として外観を大正時代風に改装しました。箱階段に組み込まれた金庫の重厚さが目を引きます。

はんにむ小路

現在の北線道路北側、久保多町(くぼたまち)から片町に入る辺りから山辺里川(さべりがわ)(門前川)の堤防に通ずる小路は市道半右ェ門線であるが、小路の入り口に半右ェ門という人の家があったことから、「半右ェ門」が「はんにむ」となり、通称になったと伝えられる。 この山辺里川の河原には、罪人の打ち首を行う首切場があった。現在、この場所には供養塔が建てられている。脇にある地蔵様は「首切り地蔵」とも呼ばれる。刑を言い渡された罪人は、庄内町にあった牢屋から、市中引き回しの上、ここで刑が執行された。 村上ロータリークラブ 2017-2018 村上小古路プロジェクト発行「村上小古路マップ」より

村上市町屋造観光案内所

大正初期に建てられた町屋を、当時の趣きを残しつつ、どなたでも気軽に立ち寄れる観光案内所として利用しています。通り土間や茶の間といった、村上町屋らしい造りもご見学ください。 ≫メナ・カナちゃんストラップ作り 芯のプラバン(メナ・カナ*の2種類)を選び、カラフルな布地をボンドで貼り付けて作る簡単な体験メニューです。 *メナはメス、カナはオス鮭のことをいう村上の方言 [受付時間]9:00~15:30 [所要時間]30分程度 [料金]1個 300円(メナ・カナ2体セット500円) ※お支払いは現金のみ承ります ※詳細はお問い合わせください ≫荷物預かり [受付時間]9:00~16:00 [料金]1個 500円 ※お支払いは現金のみ承ります ※詳細はお問い合わせください

稲荷山(番所山)

江戸時代、塩谷は村上城下と北国街道を結ぶ重要拠点であり、村上藩はこの山に番所を置いて、人や物の出入りを監視していました。そのため、番所山[ばんしょやま]と呼ばれていましたが、明治になり、廃藩とともに番所も廃されました。その後、お稲荷さんが祭られていることから「稲荷山」と呼ばれるようになりました。 山頂には三等三角点があり、国土地理院の2万5千分の1電子地形図にも「稲荷山」として掲載されており、新潟県で一番低い(標高15.3メートル)山です。37段の階段を上った山頂の展望台からは、塩谷のまち並みや日本海に浮かぶ粟島や佐渡、南西には弥彦山、角田山が海に浮かぶ島のように見えます。

村上城跡(お城山)

村上城は、標高135mの独立峰・臥牛山[がぎゅうさん]に築かれた城で、築城年代は不明ですが、16世紀前期には城が存在していたものと考えられます。戦国時代には本庄氏の本拠地として、永禄11(1568)年の上杉謙信との篭城戦など、幾度も戦いが繰り広げられました。江戸時代に入ると、村上氏・堀氏・松平氏らの城主によって城の改造と城下町の建設が行われ、村上城は北越後の中心拠点として整備されました。 山頂までの道は整備され、約20分ほどで登ることができます。村上のシンボルとして近隣住民はもちろん、観光客もたくさん訪れる名所です。 ≫ご注意ください ・ゴミ箱は設置されていません。出たゴミは必ずお持ち帰りください ・山頂(天守跡)に自動販売機やトイレはありません。自動販売機は登城口に、トイレはお城山児童公園をご利用ください ・音の出るもの(熊鈴・ラジオ等)を携行し、複数人で行動するなど、クマとの遭遇を避ける対策を行ってください

桃川のおたきさま

根古屋沢に形成された落差5mほどの滝で、国道290号脇の駐車場からも望むことができます。2018年に新潟県県民生活・環境部 環境対策課が新たに選定した「新潟県の名水」の一つでもあります。 【おたきさま】※駐車場に設置されている案内板より 関川村と境を接する広大な山塊の幾筋もの沢の水を集め、根小屋沢[ねごやざわ]を流れ下った川が、ここで男滝と女滝の2段の大きな滝となって流れ落ちています。見えている滝は2段目の滝で、1段目の滝はこの少し上流にあります。 滝の左手前に見える小さなコンクリート製の祠が現在の多伎[たき]神社です。ご祭神は「阿多加夜努志多伎吉比売命[あたかぐぬしたぎひめのみこと]」と伝わっています。古代の人たちは、稲作の命である水が囂々と流れ落ちるこの2段の滝に神の存在を感じてお祀りし、それがやがて多伎神社というかたちに整えられたと考えられます。 桃川の人たちは、この滝と多伎神社に畏敬と親しみをこめて、この場所をいつからか「おたきさま」と呼び慣わしてきました。右側の崖には、横が約2.5m、縦と奥行が共に約2mもある大きな岩屋が穿たれています。この岩屋の中に多伎神社の祠があったという言い伝えもありますが、中世の時代に流行した山岳修験道に関係した遺跡である可能性もあります。 今の小さな祠がある場所に、明治時代まで二間四方の社殿が建っていたという言い伝えがあります。この言い伝えを裏付けるように、その社殿が鳥居に掲げられていたと考えられる明治2(1869)年作の立派な多伎神社額が現存しています。 江戸時代に、延喜式内社桃川神社に神主として代々奉仕した佐藤辰左衛門[さとう-たつざえもん]家に伝わった文書には、「(桃川神社と多伎神社は)二神共ニ延喜式之霊跡[えんぎしきのれいあと]也」、「桃川神社 多伎神社、延喜式内旧社[えんぎしきないきゅうしゃ]」などと記されています。このことは、平安時代の延長5(927)年に編纂された『延喜式神名帳[えんぎしきじんみょうちょう]』に記載される「磐船郡八座[いわふねぐんはちざ]」の「多伎神社」は、この「おたきさま」の多伎神社であるという伝承や確信が、古くから桃川にあったことを物語っています。(平成28年8月 桃川区)

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