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観光スポット

新潟山形県境標柱

笹川流れエリア
歴史・文化

記念スタンプも設置されています

新潟県と山形県の境にある標柱です

村上市伊呉野[いぐれの]に立つ、新潟県と山形県の県境を表す標柱です。向かいには記念スタンプも設置されているので、訪れた際には押してください。
住所 村上市伊呉野
アクセス(車) 日本海東北自動車道「朝日まほろばIC」から車で約40分
アクセス(電車・バス) JR羽越本線「鼠ヶ関駅」から徒歩で約4分
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関連スポット

大手通り

大町から大手門に至る路。大手門(追手門ともいう)があったことに由来する。 村上市役所の駐車場辺りにあった大手門は、城の正門である。門は枡形(ますがた)形式で、大手通りから門のところで右折して入る。 現在の道路に「食い違い」があるのは、ここが大手門であったことの名残りである。 三の丸内を「丸の内」と称し、南を羽黒門、西を飯野門・大手門、北を山辺里(さべり)門で区切る。 村上ロータリークラブ 2017-2018 村上小古路プロジェクト発行「村上小古路マップ」より

三面川の居繰網漁[みおもてがわ-の-いぐりあみりょう]

≫例年の実施概要 居繰網漁[いぐりあみりょう]は、現在では村上市街地北側を流れる三面川[みおもてがわ]だけに残る、江戸時代から伝わる伝統漁法です。「小回し舟」という川舟で三面川の流れに乗り、網を操りながら八の字で川を下っていきます。川を上ってくる鮭が網にかかると、双方の漁師が呼吸を合わせて網を上げて鮭を捕ります。村上の秋から初冬にかけての風物詩です。 ≫実施期間 例年10月中旬~11月末

村上地域コミュニティ空間「土間ん中」[どまんなか]

町屋の「土間」と地域の「ど真ん中」を掛け合わせた、人と人とのつながりをつくる憩いの場。地域住民の休憩や観光客の情報収集等にご利用ください。また、まちづくり団体を支援する施設として、必要な空間と情報の提供もいたします。どなたも気軽にのぞいてみてください!

瀬波温泉わくわく自然歩道

①日本海展望コース(所要時間/30分) 日本海を眺めながら歩き、温泉街に出る最短コース ②お手軽周回コース(所要時間/40分~1時間) 短い距離でも、森歩きや湖畔の散策とバラエティーに富んだコース ③すずきが池湖畔散策コース(所要時間/1時間~1時間半) 静かな湖畔をのんびり散策できるコース ④たっぷり自然満喫コース(所要時間/2時間~2時間半) のどかな雰囲気の森を歩き、森林浴でリフレッシュ! 

常照山法善院 光徳寺

創立は正保元(1644)年、内藤家三代・信照侯が棚倉(福島県)で開基し、源蔵和尚が開山しました。山号の常照山は、源蔵が内藤家始祖の信成[のぶなり]侯とともに伊豆国(静岡県)韮山[にらやま]へ移った時に常照寺を建立したことによります。法善の院号は信成侯の諡[おくりな]、光徳は内藤家二代・信正侯の諡です。 三の丸にあるこの寺は、古くから代々の城主の菩提寺となりました。寺域は城内の一郭として、国重要史跡に指定されています。 本堂内部には、歴代内藤家当主の位牌とともに、血縁関係があった徳川将軍家の位牌13柱が安置されています。

越後村上三ノ丸流鮭塩引き道場

村上では、鮭の料理法が百種類を超えるといわれています。鮭との関わりが大変深いまちであり、頭から尾びれの先まで余すことなく料理し、食すのです。数ある料理法の中で、代表的なものが塩引き鮭です。初冬になると、各家々では塩引き鮭作りが始まります。製法については一家一流の手法があり、各家庭でこだわりを持って作っています。干し上げのため、軒下に塩引き鮭が並ぶ風景は、村上の冬の風物詩といえるでしょう。 毎年、イヨボヤ会館では「越後村上三ノ丸流鮭塩引き道場」を開催し、村上の伝統的鮭料理・塩引き鮭の製法を伝承しています。村上の鮭文化を体験できる講習会です。 【製法の主なこだわり】 ●止め腹 内臓を取るため腹を切りますが、腹びれ先で止め、一部を残して胸びれ辺りまで切ります。城下町村上では、切腹を忌み嫌うということから、このような製法が生まれました。 ●干し上げ 尾びれの付け根に縄を縛り、頭を下にして干し上げます。頭から干し上げると、首吊りを連想させることから、頭を下にして干し上げます。

平林城跡

中世小泉荘(岩船郡全域)南部に拠った色部氏の築城。平野を望む台地端に居所兼政庁の館を構え、館跡は空壕と土塁で守られた三つの郭からなります。壮大な構えで、中世後期の豪族割拠の典型です。

普門山 東林寺

創立は明暦元(1655)年3月、開山は泉梁[せんりょう]和尚で満福寺の末寺です。その以前は、妙心庵[みょうしんあん]と称した庵寺であったといわれています。 その妙心庵に隠居生活をしていたのが、村上茶の元祖といわれている徳光屋覚左衛門(本名:土田)夫妻です。そのため境内には、夫妻の墓碑と頌徳[しょうとく]碑が建立されています。 また、寺内には夫妻の肖像画もあります。覚左衛門の没年は寛永11(1634)年6月26日。頌徳碑の建立は大正11(1922)年で当時の住持・竹内越岸[えつがん]の発起によります。

重要文化財 若林家住宅

二百数十年前に建設され、その後、復原された若林家住宅。若林氏は、村上藩で物頭[ものがしら]役150石で中級上位の家柄に属します。曲屋[まがりや]づくりの茅葺平屋建で、部屋割りも細かく、典型的な中級武家住宅の特色を伝えていることから重要文化財に指定されました。市の文化財に指定されている、庭園の四季折々の表情もご覧ください。 【若林家住宅とは】 若林家住宅は、今から二百数十年前から明治期まで、村上藩士・若林家とその子孫の生活の舞台であった建物である。 若林家が内藤家に召し抱えられたのは延宝2(1674)年で、天和2(1682)年には内藤分家の家老職を務め200石を給されていた。その後、内藤本家に再任され、150石に減ぜられたが、内藤家中の中級上位の藩士として、大目付、長柄[ながえ]奉行、普請奉行、町奉行、三条奉行などの要職に就いている。 天明7(1787)年の『越後村上分限帳』では、筆頭家老から12番目「者頭(物頭)」の項に下記のような記述があることから、現在地の若林家住宅に生活するようになった頃には150石者頭役で、18人の足軽を指揮していたことが知られる。 一 百五拾石  若林七太夫 一 金三両弐分二人扶持  小頭 野崎文吉 一 金三拾七両三拾四人扶持 内弐両弐分取六人 足軽十七人 また、昭和6年編纂の『村上郷土史』所収の禄高順記載による「村上藩士一覧表」には、「給人百五十石 若林佐市郎」とあり、足軽まで含めた総藩士731人の家臣(内 石取藩士は約150人)の上から54番目(石取藩士の中級上位)に記されている。 旧村上藩「者頭」若林家住宅には、私的居住部分と者頭の役宅部分からなっていることが知られる。 (村上市郷土資料館) ----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 2026年7月1日(水)から、施設の入館料・開館時間・休館日が変更になります。 【入館料】 [単館]一般200円/小中高生100円 ≫ 一般300円/小中高生150円 [3館*共通券]一般500円/小中高生250円 ≫ 一般750円/小中高生350円 [4館*共通券]一般1,000円/小中高生500円 ≫ 一般1,300円/小中高生600円 *3館(おしゃぎり会館・若林家住宅・村上歴史文化館) *4館(おしゃぎり会館・若林家住宅・村上歴史文化館・イヨボヤ会館) 【開館時間】 9:00~16:30 ≫ 9:00~16:30(1・2月10:00~16:00) 【休館日】 年末年始 ≫ 水曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始(12/28~1/4) 【変更に関するお問い合わせ】 TEL 0254-53-7511(村上市生涯学習課 文化行政推進室)

浄念寺

文化15(1818)年に建てられた本堂は、この地方では珍しい白壁土蔵造で、日本で一番大きなこともあり、平成3(1991)年に国の重要文化財に指定されています。 建築については、防火を考えて大壁の土蔵造りとし、屋根はこけら葺きにしました。丈六の阿弥陀如来像を安置するため、棟木の高さが35尺にもなり、それにふさわしく梁間9間・桁間11間、2階部分もそれぞれ6間・9間という大きさになりました。 本尊は丈六(5m)の阿弥陀如来の座像(木像)で、この地方には類のない大きさで見事なものです。なお、本堂は間部詮房の百回忌に合わせて江戸で設計され、村上の大工の手で建築されたものです。 また、芭蕉と曽良が参詣したことでも知られています。

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