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大手通り

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村上の小古路

大町から大手門に至る路。大手門(追手門ともいう)があったことに由来する。
村上市役所の駐車場辺りにあった大手門は、城の正門である。門は枡形(ますがた)形式で、大手通りから門のところで右折して入る。
現在の道路に「食い違い」があるのは、ここが大手門であったことの名残りである。
三の丸内を「丸の内」と称し、南を羽黒門、西を飯野門・大手門、北を山辺里(さべり)門で区切る。


村上ロータリークラブ 2017-2018
村上小古路プロジェクト発行「村上小古路マップ」より
住所 村上市大町~三之町
アクセス(車) 日本海東北自動車道「村上瀬波温泉IC」から車で約5分
アクセス(電車・バス) JR羽越本線「村上駅」から徒歩で約20分
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関連スポット

イヨボヤ会館

≫臨時開館のお知らせ 2026年11月11日(水・鮭の日)は臨時開館します。 ----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 「イヨボヤ」とは、村上の方言でサケ(鮭)のこと。館内では、サケをはじめ、さまざまな淡水魚等を観察できます。サケ漁に使われる漁具の展示、コンピューターゲームで楽しくサケのことが学べる「こどもサケ科学館」等、サケの生態や村上の鮭文化を知ることができます。また、三面川の分流・種川の中をガラス越しに観察でき、自然の川の様子や秋には遡上するサケをご覧になれます。タイミングが合えば、産卵の瞬間に出合えることも!

西奈彌羽黒神社[せなみ-はぐろじんじゃ]

一般的には略して羽黒神社と呼んでいます。祭神は奈津比売命[なつひめのみこと]・倉稲魂命[うがのみたまのみこと]・月読命[つきよみのみこと]です。 寛永10(1633)年、ときの村上藩主・堀丹後守直竒が神社を上(城)から見下ろすのは畏れ多いとして現在の地に遷宮しました。この遷宮祭が行われたのが6月7日で、新暦になってからは7月7日に大祭が行われています。 元禄3(1690)年に村上藩主・榊原勝乗が建立した社殿(神明宮)は、昭和44(1969)年に新潟県指定有形文化財に指定されています。

はんにむ小路

現在の北線道路北側、久保多町(くぼたまち)から片町に入る辺りから山辺里川(さべりがわ)(門前川)の堤防に通ずる小路は市道半右ェ門線であるが、小路の入り口に半右ェ門という人の家があったことから、「半右ェ門」が「はんにむ」となり、通称になったと伝えられる。 この山辺里川の河原には、罪人の打ち首を行う首切場があった。現在、この場所には供養塔が建てられている。脇にある地蔵様は「首切り地蔵」とも呼ばれる。刑を言い渡された罪人は、庄内町にあった牢屋から、市中引き回しの上、ここで刑が執行された。 村上ロータリークラブ 2017-2018 村上小古路プロジェクト発行「村上小古路マップ」より

村上城跡(お城山)

村上城は、標高135mの独立峰・臥牛山[がぎゅうさん]に築かれた城で、築城年代は不明ですが、16世紀前期には城が存在していたものと考えられます。戦国時代には本庄氏の本拠地として、永禄11(1568)年の上杉謙信との篭城戦など、幾度も戦いが繰り広げられました。江戸時代に入ると、村上氏・堀氏・松平氏らの城主によって城の改造と城下町の建設が行われ、村上城は北越後の中心拠点として整備されました。 山頂までの道は整備され、約20分ほどで登ることができます。村上のシンボルとして近隣住民はもちろん、観光客もたくさん訪れる名所です。 ≫ご注意ください ・ゴミ箱は設置されていません。出たゴミは必ずお持ち帰りください ・山頂(天守跡)に自動販売機やトイレはありません。自動販売機は登城口に、トイレはお城山児童公園をご利用ください ・音の出るもの(熊鈴・ラジオ等)を携行し、複数人で行動するなど、クマとの遭遇を避ける対策を行ってください

普門山 東林寺

創立は明暦元(1655)年3月、開山は泉梁[せんりょう]和尚で満福寺の末寺です。その以前は、妙心庵[みょうしんあん]と称した庵寺であったといわれています。 その妙心庵に隠居生活をしていたのが、村上茶の元祖といわれている徳光屋覚左衛門(本名:土田)夫妻です。そのため境内には、夫妻の墓碑と頌徳[しょうとく]碑が建立されています。 また、寺内には夫妻の肖像画もあります。覚左衛門の没年は寛永11(1634)年6月26日。頌徳碑の建立は大正11(1922)年で当時の住持・竹内越岸[えつがん]の発起によります。

九品仏 上品上生 善沢寺前

宝暦8(1758)年頃から宝暦10年頃にかけて、城下の安寧と藩主・内藤信成侯150回忌のため、城下の要所に建てられた石仏です。「九品」とは、極楽浄土の九つの階級のことで、九品仏は浄土におられる阿弥陀様の姿。上品上生から下品下生を示すのは「手の印の結び方」によります。2時間位で全部を見て回れます。

おしゃぎり会館(村上市郷土資料館)

村上大祭で引き回される「おしゃぎり」と呼ばれる山車を常時4台(うち1台は展示用)展示していることから「おしゃぎり会館」と呼ばれています。2階展示場には、村上藩歴代城主の資料や刀剣・甲冑などの歴史資料の展示を行っています。毎年3月には「城下町村上に伝わるひな人形展」を開催しています。 ※7/5~8は村上大祭の屋台巡行および準備のため、おしゃぎりは展示されていません

大川のコド漁

山北地区の勝木川や大川にも晩秋~初冬にかけ、たくさんの鮭が群れをなして帰ってきます。なかでも、大川は昔から鮭漁が盛んに行われ、毎年鮭漁の時期を迎えると、鮭が帰ってくるのを心待ちにしていた漁師たちで川原もにぎわい、活気づきます。 大川の鮭漁は、古くから伝えられている「コド漁」という漁法で行われており、この漁法は、全国的にも他に類を見ない大川独特のものです。漁の最盛期は10~12月中旬で、時期になると大川の河口付近はコドで埋め尽くされます。

小俣白山神社の大杉(姥杉)

樹齢千二百年と推定される大杉で、樹種は熊杉系。根廻り13.4m・樹高39mの大きさで、県内でもまれにみる老杉です。白山姫命を祭るこの神社は、昔は小俣集落の佐藤一族の氏社でしたが、今は全集落民の氏社となっています。白山神社では、生まれた子どもが初めて氏神様と対面する時、この大杉の下で泣かせて、子の行く末を祈る風習が残っています。

浄念寺

文化15(1818)年に建てられた本堂は、この地方では珍しい白壁土蔵造で、日本で一番大きなこともあり、平成3(1991)年に国の重要文化財に指定されています。 建築については、防火を考えて大壁の土蔵造りとし、屋根はこけら葺きにしました。丈六の阿弥陀如来像を安置するため、棟木の高さが35尺にもなり、それにふさわしく梁間9間・桁間11間、2階部分もそれぞれ6間・9間という大きさになりました。 本尊は丈六(5m)の阿弥陀如来の座像(木像)で、この地方には類のない大きさで見事なものです。なお、本堂は間部詮房の百回忌に合わせて江戸で設計され、村上の大工の手で建築されたものです。 また、芭蕉と曽良が参詣したことでも知られています。

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