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大手通り

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案内板

村上の小古路

大町から大手門に至る路。大手門(追手門ともいう)があったことに由来する。
村上市役所の駐車場辺りにあった大手門は、城の正門である。門は枡形(ますがた)形式で、大手通りから門のところで右折して入る。
現在の道路に「食い違い」があるのは、ここが大手門であったことの名残りである。
三の丸内を「丸の内」と称し、南を羽黒門、西を飯野門・大手門、北を山辺里(さべり)門で区切る。


村上ロータリークラブ 2017-2018
村上小古路プロジェクト発行「村上小古路マップ」より
住所 村上市大町~三之町
アクセス(車) 日本海東北自動車道「村上瀬波温泉IC」から車で約5分
アクセス(電車・バス) JR羽越本線「村上駅」から徒歩で約20分
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関連スポット

浄念寺

文化15(1818)年に建てられた本堂は、この地方では珍しい白壁土蔵造で、日本で一番大きなこともあり、平成3(1991)年に国の重要文化財に指定されています。 建築については、防火を考えて大壁の土蔵造りとし、屋根はこけら葺きにしました。丈六の阿弥陀如来像を安置するため、棟木の高さが35尺にもなり、それにふさわしく梁間9間・桁間11間、2階部分もそれぞれ6間・9間という大きさになりました。 本尊は丈六(5m)の阿弥陀如来の座像(木像)で、この地方には類のない大きさで見事なものです。なお、本堂は間部詮房の百回忌に合わせて江戸で設計され、村上の大工の手で建築されたものです。 また、芭蕉と曽良が参詣したことでも知られています。

大満虚空蔵尊

ご本尊の虚空蔵菩薩[こくぞうぼさつ]は、智恵・福徳をお授けする仏で、丑寅年生まれの守り本尊です。 毎年春(4/13)・秋(10/23)に大祭があり、大護摩祈祷を厳修いたします。

三の丸記念館

三の丸記念館は、明治40(1907)年に村上銀行本店として建築されたものです。村上銀行は、明治11(1878)年に国立銀行として誕生した「村上第71国立銀行」の業務を引き継いだことから、鬼瓦には図案化された「七十一」の文字が刻まれています。昭和57(1982)年まで現在の第四銀行村上支店の位置で店舗として活用されていましたが、銀行の改築に伴い、明治末期の貴重な建築物の保存のため、現在の位置に曳家により移転・保存されています。現在は、集会場や作品展の展示会場として活用されています。

早撰堂

江戸時代から続く、国の登録有形文化財に指定された大正ロマンあふれる和菓子店。建物は明治26(1893)年建築、平成16(2004)年に町屋再生プロジェクト第1号として外観を大正時代風に改装しました。箱階段に組み込まれた金庫の重厚さが目を引きます。

車屋の看板

一桁の電話番号が書かれた看板は、明治43(1910)年のもの。また、屋号が刻印された特注の屋根瓦も見ものです。目を凝らして探してみてください。 ※個人宅の看板なのでマナーを守ってご覧ください

九品仏 中品中生 肴町・保育園前

宝暦8(1758)年頃から宝暦10年頃にかけて、城下の安寧と藩主・内藤信成侯150回忌のため、城下の要所に建てられた石仏です。「九品」とは、極楽浄土の九つの階級のことで、九品仏は浄土におられる阿弥陀様の姿。上品上生から下品下生を示すのは「手の印の結び方」によります。2時間位で全部を見て回れます。

海巗山 諸上寺[かいがんざん-しょじょうじ]

寺伝によれば、大化年間(645~49)には感應寺[かんおうじ]という天台宗(真言宗とも)の寺で、石船神社の別当であった。その後、一時期廃絶したが、文明7(1475)年3月に耕雲寺5世の徳嶽宗欽[とくがくそうきん]大和尚によって再興されるが、再び荒廃する。天正元(1573)年5月にいたり、村上領主・本庄繁長[ほんじょう-しげなが]侯が巖室文松[がんしつぶんしょう]大和尚を招いて開山とし、寺号を諸上寺と定めた。 開基は村上領主・堀直竒[ほり-なおより]侯で、寺領地も堀家の寄進によるものであった。躑躅[つつじ]の咲く庭園は見事なもので、虚空蔵[こくぞう]堂が立つ。裏山には三十三番の観世音菩薩が祭られている。現在の本堂は天保元(1830)年に再興されたもの。 (「城下町村上 寺社の由来」より)

伊夜日子神社[いやひこ-じんじゃ]

瀬波温泉 噴湯公園(明治37年に温泉が噴出した温泉源泉井戸がある公園)内にあり、越後一宮 彌彦神社(西蒲原郡弥彦村)の御神霊を分霊して祭っています。本殿から、さらに石段を上っていくと奥の院があり、そこからは瀬波の温泉街や日本海が一望できます。

大川のコド漁

山北地区の勝木川や大川にも晩秋~初冬にかけ、たくさんの鮭が群れをなして帰ってきます。なかでも、大川は昔から鮭漁が盛んに行われ、毎年鮭漁の時期を迎えると、鮭が帰ってくるのを心待ちにしていた漁師たちで川原もにぎわい、活気づきます。 大川の鮭漁は、古くから伝えられている「コド漁」という漁法で行われており、この漁法は、全国的にも他に類を見ない大川独特のものです。漁の最盛期は10~12月中旬で、時期になると大川の河口付近はコドで埋め尽くされます。

一宮 河内神社

仁平元(1151)年に石黒総介正盛がこの地に一ノ宮河内大明神を建てたのが起こりといわれ、後白河天皇の第三皇子・頼威親王(雲上佐市郎)を祭ったものと伝えられています。承久の乱による地方の争いを背景とした歴代譜を持つ社です。

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