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イベント情報

令和8年 瀬波大祭

まつり

2026年9月3日(木)宵祭り / 4日(金)本祭り

瀬波のまちに勇壮な木遣り唄が響き渡る

瀬波大祭は、西奈彌神社[せなみじんじゃ]の祭礼です。朝、神霊が神輿に移されると、祭りの始まりを告げる先太鼓を先達に渡御行列が始まります。これに5台の屋台が続きますが、先頭の浜町の屋台には、神社の祭神である気比大神が敦賀から海路を使い、瀬波の地に上陸したことに由来して、気比丸(お船様)が乗せられます。屋台は夜遅くまで町内を練り歩き、祭唄は勇壮でテンポが速く、漁師町の心意気が感じられます。

≫令和8年 瀬波大祭 露店市場開設について
[開設期間]9/4(金)13:00~22:00 ※予定
[開設区域]瀬波中町付近
※開設に伴い11:00~24:00まで交通規制(歩行者専用)が行われます
住所 村上市・瀬波地区一帯
電話番号 0254-53-2258(村上駅前観光案内所「むらかみ旅なび館」) ※9:00~17:00 0254-53-2258(村上駅前観光案内所「むらかみ旅なび館」) ※9:00~17:00
開催期間 2026年9月3日(木)宵祭り / 4日(金)本祭り
URL https://www.sake3.com/senamitaisai/
アクセス(車) 【西奈彌神社】日本海東北自動車道「村上瀬波温泉IC」から車で約10分
アクセス(電車・バス) 【西奈彌神社】JR羽越本線「村上駅」から徒歩で約28分
大きなマップで目的地までのルートチェック

関連スポット

野澤食品工業

事前に連絡をもらいましたら、塩谷の町屋をご案内いたします。 ≫野澤食品工業 店舗兼主屋が国の登録有形文化財(建造物)に登録されました 平成28(2016)年8月1日、旧マルマス醬油蔵・野澤三次郎住宅・瀬賀惣一郎商店兼主屋と倉庫とともに国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。 ≫野澤食品工業 店舗兼主屋の特徴 南北に延びる道沿いに西向きの屋敷は、間口11間(約20メートル)、奥行き47間(約85.5メートル)で、地域では最も大きい屋敷です。建物は木造で、船枻切り妻造り一部2階建て下屋根付きの妻入り型で、この地域の特徴的な造りとなっています。茶の間の明かり取りは、通り土間の明かり取りも兼用された構造となっていて、大変珍しいです。 (『塩谷ガイドブック』より)

一宮 河内神社

仁平元(1151)年に石黒総介正盛がこの地に一ノ宮河内大明神を建てたのが起こりといわれ、後白河天皇の第三皇子・頼威親王(雲上佐市郎)を祭ったものと伝えられています。承久の乱による地方の争いを背景とした歴代譜を持つ社です。

小俣宿

かつて日本の主要道であった出羽街道の宿場町として、出羽三山への参拝者など多くの人々が訪れました。明治維新では戊辰戦争の戦場となり、集落のほとんどが焼き払われましたが、その跡に再建された家々が現在も残っており、この貴重な小俣集落のまち並みをつくっています。心のふるさとを感じさせてくれる趣があります。

まいづる公園

まいづる公園は、皇太子殿下・雅子妃殿下の御成婚を記念した公園であり、南東方向に村上城跡(別名:舞鶴城)を臨み、公園内には雅子妃殿下ゆかりの旧嵩岡家住宅のほか、旧岩間家を移築復原することにより、市民の祝意を永く顕すとともに村上藩士の生活文化を展する重要な歴史文化施設としても意義深い公園です。

體真山 満福寺[たいしんざん-まんぷくじ]

創立は慶長元(1596)年、開山は耕雲寺14世 剛安寿金禅師[ごうあんじゅきんぜんじ]。宝永2(1705)年での山号は村上山とある。後に慈海山[じかいさん]と改め、さらに體真山[たいしんざん]と改めた。 山号を改めた理由は不明であるが、村上山の山号は地名によることは明らか。文書上の村上の初出は永正6(1509)年9月11日である。 文化2(1805)年に建て替えられた時の費用は、90両3分2朱と銭1035貫730文。全て銭にすると、1651貫862文であった。当時の大工日当は150文、米1俵が1貫650文の時代である。 (「城下町村上 寺社の由来」より)

三面川の居繰網漁[みおもてがわ-の-いぐりあみりょう]

≫2026(令和8)年度の実施について [実施期間]10/26(月)~11/30(月) [実施場所]三面川左岸・ウライ~下流へ400mほど下りながら漁をします [実施日時]月火木金9:00頃~/土日祝9:00頃~・13:30頃~ ※時間はおよそで前後する場合があります [休漁日]水曜日 ※悪天候・西風が強い日は出漁しない場合があります ----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- ≫例年の実施概要 居繰網漁[いぐりあみりょう]は、現在では村上市街地北側を流れる三面川[みおもてがわ]だけに残る、江戸時代から伝わる伝統漁法です。「小回し舟」という川舟で三面川の流れに乗り、網を操りながら八の字で川を下っていきます。川を上ってくる鮭が網にかかると、双方の漁師が呼吸を合わせて網を上げて鮭を捕ります。村上の秋から初冬にかけての風物詩です。 ≫実施期間 例年10月中旬~11月末

庚申堂

創建は天文9(1540)年。行海上人が摂津国(大阪)から勧請し、安良町に祭ったといわれています。寛文7(1667)年に現地へ移りますが、それは現地が村上城下の中心「札の辻」(大町・上町・安良町の接点)からみて表鬼門に当たるため、城下の鬼門封じのためだったといわれています。

常照山法善院 光徳寺

創立は正保元(1644)年、内藤家三代・信照侯が棚倉(福島県)で開基し、源蔵和尚が開山しました。山号の常照山は、源蔵が内藤家始祖の信成[のぶなり]侯とともに伊豆国(静岡県)韮山[にらやま]へ移った時に常照寺を建立したことによります。法善の院号は信成侯の諡[おくりな]、光徳は内藤家二代・信正侯の諡です。 三の丸にあるこの寺は、古くから代々の城主の菩提寺となりました。寺域は城内の一郭として、国重要史跡に指定されています。 本堂内部には、歴代内藤家当主の位牌とともに、血縁関係があった徳川将軍家の位牌13柱が安置されています。

万年山 長楽寺

創立は天文9(1540)年、開基は本庄越前守繁長(ほんじょう えちぜんのかみ しげなが)、開山は 耕雲寺11世 三心宗尹(さんしんそうい)禅師。 はじめは里本庄にあり、本庄氏に従うかたちで村上に移った。本庄氏が村上を去るのは天正18(1590)年末、福島城主になるのが慶長5(1600)年。その時、同寺は福島へも建立された。福島長楽寺の開山は、宗尹の師の大沖元甫(だいちゅうげんぽ)である。 江戸時代中期には、城主・榊原氏や本多氏などの家中寺として遇されたか、両家の重臣らが菩提寺にしている。参道入口には九品仏の上品下生仏、境内には三十三番観音を祭る。 (「城下町村上 寺社の由来」より)

村上市町屋造観光案内所

大正初期に建てられた町屋を、当時の趣きを残しつつ、どなたでも気軽に立ち寄れる観光案内所として利用しています。通り土間や茶の間といった、村上町屋らしい造りもご見学ください。 ≫メナ・カナちゃんストラップ作り 芯のプラバン(メナ・カナ*の2種類)を選び、カラフルな布地をボンドで貼り付けて作る簡単な体験メニューです。 *メナはメス、カナはオス鮭のことをいう村上の方言 [受付時間]9:00~15:30 [所要時間]30分程度 [料金]1個 300円(メナ・カナ2体セット500円) ※お支払いは現金のみ承ります ※詳細はお問い合わせください ≫荷物預かり [受付時間]9:00~16:00 [料金]1個 500円 ※お支払いは現金のみ承ります ※詳細はお問い合わせください

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