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イベント情報

縄文の里・朝日 春の企画展「石棒という縄文」

芸術・文化

2025年4月12日(土)~6月22日(日)

縄文人に受け継がれた“命”ということ

石棒や石製品といった出土品から村上市の縄文時代について見ていきます。

▶観覧料(常設展観覧料を含む)
大人400円・小中高生100円
※20名様以上の団体の場合は大人320円・小中高生80円

▶休館日
月曜日(月曜が祝日の場合は翌火曜休館)

▶共催
村上市教育委員会
住所 村上市岩崩612-118 縄文の里・朝日 企画展示室
電話番号 0254-72-1577 0254-72-1577
開催期間 2025年4月12日(土)~6月22日(日)
開催時間 9:00 ~ 16:30
URL https://www.iwafune.ne.jp/~joumon/
アクセス(車) 日本海東北自動車道「朝日まほろばIC」から車で約15分
アクセス(電車・バス) JR羽越本線「村上駅」から村上市コミュニティバスあべっ車『縄文の里朝日線』に乗車、バス停「縄文の里朝日」下車
駐車場(台数) 34台(障がい者用駐車場1台含む)
主催者 公益財団法人イヨボヤの里開発公社
大きなマップで目的地までのルートチェック

関連スポット

山上染物店[やまがみ-そめものてん]

百六十余年の時を経て、すすけて黒くなった壁や黒光りした太い梁。まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような、町屋の茶の間もご覧いただけます。 おあつらえで手ぬぐいや法被を承ります。村上茶で染めた商品もどうぞ!!

大葉山 普済寺[だいようざん-ふさいじ]

【2025.04.18更新|回遊式日本庭園の改修について】 現在、普済寺の回遊式日本庭園は改修工事を行っています。改修期間中は庭園公開を休止します。公開再開は2026年の春頃を予定しています。ご理解・ご了承のほどお願い申し上げます。 ----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 庭園公開期間あり(春・秋)。また、ご連絡をいただければ随時公開いたします。講演会・お茶会・田舎(のお寺)に泊ろう! コンサート等、イベント開催いたします。 ※庭園公開は2026年春頃まで休止

石船神社[いわふね-じんじゃ]

「神様が天の石船[あま-の-いわふね]に乗りお出でになられた」との伝説をもつ磐舟郡総鎮守。圏域『岩船』という地名の由来となっています。創祀は大化4(648)年、磐舟柵設置以前と伝わり、御祭神は饒速日命[にぎはやひのみこと]。 大同2(807)年、北陸道観察使・秋篠朝臣安人が下向の際に社殿を建立。越後国の北の守護神として京都・貴船神社の御祭神三柱を合祀以来千二百年、「明神様」と称されて広く信仰を集めました。延喜式神名帳には越後磐船郡の筆頭に記載され、色部氏・本庄氏・歴代村上藩主等に鎮守の御社として篤い保護を受けます。明治期には越後一宮 彌彦神社に次ぐ県内最初の縣社に列しました。 【社叢】 石船神社の社叢は、天然ヤブツバキの群生地で県天然記念物(昭和33年指定)です。 【石碑・句碑】 境内には、磐船柵趾の碑と松尾芭蕉の句碑2基があります。 【石船神社と岩船大祭】 石船神社の例祭(10/18、19)が岩船大祭です。先太鼓と木遣りを先頭に、御舟屋台をはじめとした9基のしゃぎり屋台が共に御神幸します。岩船大祭と「ともやま行事」は県無形民俗文化財(昭和62年)に指定されています。

赤坂屋小路

赤坂屋は、大町の大手門脇にあった商家・大年寄伊與部助次郎である。赤坂屋小路の由来は、この赤坂屋の敷地内に造られた私道に由来すると思われる。 文政9(1826)年の町絵図では、間口22間5尺6寸、奥行は堀まで28間5尺という広大なものであった。 酒造業を営んでいたが、持株は5本で2,120株。村上町は全部で38本、10,109株であったから、その2割を持っていた。 村上ロータリークラブ 2017-2018 村上小古路プロジェクト発行「村上小古路マップ」より

新潟山形県境標柱

村上市伊呉野[いぐれの]に立つ、新潟県と山形県の県境を表す標柱です。向かいには記念スタンプも設置されているので、訪れた際には押してください。

牢屋小路

牢屋小路という名前の通り、かつては牢屋があった。現在は加賀町まで通り抜けられるが、当時はできなかった。 牢屋は武家地にあることから藩が直接管理していた。榊原氏当時もここは牢屋であった。牢屋の先に「川原作事」とあり、人足寄場(にんそくよせば)のようなものがあったのではないかと思われる。 明治維新時代の村上絵図では、加賀町との間には堀があるが、現在は清水川であり、橋が架かっていて、かつては「なみだ橋」または「見返り橋」と呼ばれていた。 村上ロータリークラブ 2017-2018 村上小古路プロジェクト発行「村上小古路マップ」より 榊原候時代の村上城下絵図をひろげると、庄内町から加賀町の方にぬける路のところに「御材木蔵」とあり、その横の小路を入った奥に「籠屋」と書かれています。これは牢屋があったところです。どんな建物であったのかは資料が残っていないのでわかりませんが、テレビによく出る江戸は伝馬町の牢屋を小さくしたようなものだったのでしょうか。 鈴木鉀三 著『村上市歴史散歩』より抜粋

万年山 長楽寺

創立は天文9(1540)年、開基は本庄越前守繁長(ほんじょう えちぜんのかみ しげなが)、開山は 耕雲寺11世 三心宗尹(さんしんそうい)禅師。 はじめは里本庄にあり、本庄氏に従うかたちで村上に移った。本庄氏が村上を去るのは天正18(1590)年末、福島城主になるのが慶長5(1600)年。その時、同寺は福島へも建立された。福島長楽寺の開山は、宗尹の師の大沖元甫(だいちゅうげんぽ)である。 江戸時代中期には、城主・榊原氏や本多氏などの家中寺として遇されたか、両家の重臣らが菩提寺にしている。参道入口には九品仏の上品下生仏、境内には三十三番観音を祭る。 (「城下町村上 寺社の由来」より)

御蔵屋敷通り

「御蔵」とは、藩の米蔵のことである。この場所には藩の米蔵があったので、米蔵が撤去された以降も御蔵屋敷通りといわれた。 この蔵屋敷の上と下には、吉田門と小石垣門があり、両脇は堀であった。現在、堀は埋められ、土居は崩されて、当時の姿を見ることはできない。しかし、この狭い路を通ると、重要文化財 若林家住宅の裏の生け垣などがあり、武家町の小路としての雰囲気を漂わせている。 村上ロータリークラブ 2017-2018 村上小古路プロジェクト発行「村上小古路マップ」より

大須戸能[おおすど-のう]

▶概要 大須戸能は、伝えによれば弘化元(1844)年の冬、庄内黒川の能役者・蛸井甚助が大須戸に逗留した際、村人が指導を受けたとされ、嘉永5(1852)年の記録には「古来の能装束が欠損して役に立たなくなったので奉納を願う」と記されています。現在は、例年4月3日に大須戸・八坂神社能舞台で行われる定期能と、8月15日に行われる薪能で鑑賞することができます。 ▶開催日 ・定期能…例年4月3日 ・薪能…例年8月15日

おしゃぎり会館(村上市郷土資料館)

村上大祭で引き回される「おしゃぎり」と呼ばれる山車を常時4台(うち1台は展示用)展示していることから「おしゃぎり会館」と呼ばれています。2階展示場には、村上藩歴代城主の資料や刀剣・甲冑などの歴史資料の展示を行っています。毎年3月には「城下町村上に伝わるひな人形展」を開催しています。

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