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イベント情報

【雨のため両日演奏のみ】第24回 むらかみ宵の竹灯籠まつり

芸術・文化

2025年10月11日(土)・12日(日)

過去の開催の様子

過去の開催の様子

過去の開催の様子

会場地図

10/11(土)演奏プログラム

10/12(日)演奏プログラム

竹灯籠の灯りがつなぐ、人と地域の絆

【2025.10.11|お知らせ】
第24回 むらかみ宵の竹灯籠まつり(10/11・12)は、両日とも雨のため演奏会のみの開催となりました。

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城下町の風情漂う黒塀通り(安善小路)に、手作りの竹灯籠を並べて中に火を灯します。揺らめく竹灯籠の明かりの中で夜の散策を楽しんだり、町屋・寺社などで奏でられる地元ミュージシャンの演奏をお楽しみください。
※小雨決行
※演奏プログラムは予告なく変更になる場合があります。あらかじめご了承ください

≫寄付のお願い
この催しは市民の手づくりで行っています。来年も開催するために、お一人様100円以上のご寄付をお願いしております。皆様のあたたかいご協力をお願い申し上げます。
※本陣・脇本陣で受け付けております

≫お願い
幻想的な雰囲気の中で、みんなが気持ちよく楽しめるようにご協力をお願いします。
・会場内では大声を出したり、騒がしくならないようにおねがいします
・演奏会場内での飲食はご遠慮ください
・懐中電灯のご使用はご遠慮ください
・自転車の進入はご遠慮ください
住所 村上市・黒塀通り(安善小路)
電話番号 0254-53-2258(村上駅前観光案内所「むらかみ旅なび館」) ※9:00~17:00 0254-53-2258(村上駅前観光案内所「むらかみ旅なび館」) ※9:00~17:00
開催期間 2025年10月11日(土)・12日(日)
開催時間 【点灯】16:30~ 【演奏】17:30 ~ 20:30
URL https://taketourou.com/
アクセス(車) 日本海東北自動車道「村上瀬波温泉IC」から車で約5分
アクセス(電車・バス) JR羽越本線「村上駅」から徒歩で約25分
駐車場(台数) 市内の観光駐車場をご利用ください
主催者 宵の竹灯籠まつり実行委員会、チーム黒塀プロジェクト
大きなマップで目的地までのルートチェック

関連スポット

體真山 満福寺[たいしんざん-まんぷくじ]

創立は慶長元(1596)年、開山は耕雲寺14世 剛安寿金禅師[ごうあんじゅきんぜんじ]。宝永2(1705)年での山号は村上山とある。後に慈海山[じかいさん]と改め、さらに體真山[たいしんざん]と改めた。 山号を改めた理由は不明であるが、村上山の山号は地名によることは明らか。文書上の村上の初出は永正6(1509)年9月11日である。 文化2(1805)年に建て替えられた時の費用は、90両3分2朱と銭1035貫730文。全て銭にすると、1651貫862文であった。当時の大工日当は150文、米1俵が1貫650文の時代である。 (「城下町村上 寺社の由来」より)

地蔵様小路

久保多町(くぼたまち)の通りから北に入る小路で、久保多町の地蔵様に通ずる小路を称す。さらに、この小路を左に曲がると秋葉神社に至る。 江戸時代頃の城下絵図には、現在の道筋に加え、地蔵様から右にも小路が続き、片町の「はんにむ小路」に通じていた。元禄時代、榊原氏の頃の城下絵図では、この小路の北側(川寄り)には下級武士の組屋敷があったため、小路としては比較的長い道筋となっている。 市道路線名は「萱場(かやば)線」で、萱場があった。地蔵様は萱場地蔵と呼ばれる。 村上ロータリークラブ 2017-2018 村上小古路プロジェクト発行「村上小古路マップ」より

車屋の看板

一桁の電話番号が書かれた看板は、明治43(1910)年のもの。また、屋号が刻印された特注の屋根瓦も見ものです。目を凝らして探してみてください。 ※個人宅の看板なのでマナーを守ってご覧ください

縄文の里・朝日

奥三面ダム建設によって水没した、山間奥地・三面集落で使われていた民俗資料や考古資料(旧石器時代~縄文時代)を展示。まが玉・石器・土器づくりや火おこしの体験ができます。併設の食堂「食事処 やまびこ」(例年4月下旬~11月中旬オープン)では、地元農産物を使った料理と手打ちそばが人気です。

御蔵屋敷通り

「御蔵」とは、藩の米蔵のことである。この場所には藩の米蔵があったので、米蔵が撤去された以降も御蔵屋敷通りといわれた。 この蔵屋敷の上と下には、吉田門と小石垣門があり、両脇は堀であった。現在、堀は埋められ、土居は崩されて、当時の姿を見ることはできない。しかし、この狭い路を通ると、重要文化財 若林家住宅の裏の生け垣などがあり、武家町の小路としての雰囲気を漂わせている。 村上ロータリークラブ 2017-2018 村上小古路プロジェクト発行「村上小古路マップ」より

旧マルマス醬油蔵(旧野澤豊五郎醸造醬油蔵)

明治初期からしょうゆの醸造を手掛けていましたが、平成15(2003)年に廃業。百数十年の歴史に幕を降ろしました。 現在は、蔵の大空間を利用した多目的ステージやカフェスペースとして利用されており、イベント時などに開放しています。また、平成27(2015)年7月には、映画『殿、利息でござる!』の撮影が行われました。 平成28(2016)年8月1日、塩谷集落内の野澤食品工業店舗兼主屋・野澤三次郎住宅・瀬賀惣一郎商店兼主屋と倉庫とともに国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。

早撰堂

江戸時代から続く、国の登録有形文化財に指定された大正ロマンあふれる和菓子店。建物は明治26(1893)年建築、平成16(2004)年に町屋再生プロジェクト第1号として外観を大正時代風に改装しました。箱階段に組み込まれた金庫の重厚さが目を引きます。

筥堅八幡宮社叢[はこがたはちまんぐうしゃそう]

筥堅八幡宮は、延喜21(921)年に福岡筥崎宮の八霊を筥堅山に迎えて建設されました。社殿は、日本海の荒波を望む海抜約60mの北側と西側に絶壁のある岩山(筥堅山)の山頂に鎮座しています。筥堅山は、文字通り筥(箱)を積み重ねたように海岸に突き出た山容をしており、山全体が神を祭る巨大な磐境[いわさか]になっています。神の山として社叢内を保護したため、原始林相が保たれました。カヤ・アサダの大樹は県内一といわれています。

飯野門通り

城下絵図には飯野門が描かれているが、長井町・上町(かんまち)境から飯野門に至る路を飯野門通りといった。 江戸時代を通じて、羽黒神社祭礼の屋台や神輿は、朝から飯野門前に集合し、この門から城内を巡って、片町の庚申堂桝形(ますがた)から町人町(ちょうにんまち)に出て巡行を続けた。 沿道の藤基(ふじもと)神社入り口の石積の階段は、市道 飯野門線の道路拡幅の際、いったん撤去されたが、伝説の石工集団「穴太(あのう)衆」によって積み直され、復旧したものである。 村上ロータリークラブ 2017-2018 村上小古路プロジェクト発行「村上小古路マップ」より

一宮 河内神社

仁平元(1151)年に石黒総介正盛がこの地に一ノ宮河内大明神を建てたのが起こりといわれ、後白河天皇の第三皇子・頼威親王(雲上佐市郎)を祭ったものと伝えられています。承久の乱による地方の争いを背景とした歴代譜を持つ社です。

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