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イベント情報

令和7年 岩船大祭

まつり

2025年10月18日(土)宵祭り・19日(日)本祭り

新潟県無形民俗文化財 港町・岩船にふさわしい勇壮な祭礼

【2025.09.29更新|交通案内を掲載しました】
下記に「岩船まつり交通案内」を掲載しました。どうぞご参照ください。

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岩船大祭は、祭神が「石の舟」でこの地にお越しになったという伝説に由来する、石船[いわふね]神社の祭礼です。「舟囲い」ともいわれ、その年の海の恵み・山の恵み、あらゆる生業[なりわい]に感謝する、この地方の一年を締めくくる秋祭りでもあります。絢爛華麗な9台の屋台を中心としており、昭和63(1988)年には新潟県無形民俗文化財に指定されました。

≫臨時露店市場の開設時間について
・10/18(土)13:00~22:00
・10/19(日)10:00~22:00
・10/20(月)10:00~19:00
※開設時間は目安です
※当日の天候等で変更になる場合があります
住所 村上市・岩船地域一帯
電話番号 0254-53-2258(村上市観光協会) ※9:00~17:00 0254-53-2258(村上市観光協会) ※9:00~17:00
開催期間 2025年10月18日(土)宵祭り・19日(日)本祭り
URL https://www.sake3.com/iwafunetaisai/
アクセス(車) 【石船神社】日本海東北自動車道「神林岩船港IC」から車で約9分
駐車場(台数) 有(岩船港緑地公園脇の臨時駐車場をご利用ください)
大きなマップで目的地までのルートチェック

関連スポット

筏場通り[いかだばどおり]

庄内町から泉町に至る路で「筏場[いかだば]通り」といわれていた。筏場とは、三面川上流から筏を組んで流してきた木材の陸揚げ場で、ここから材木屋や木羽[こば]屋に運ばれた。 文政3(1820)年の『塩町軒付帳』には、木挽[こびき]9軒、木宿8軒。文久3(1861)年の『加賀町軒付帳』には、木挽11軒とある。 木挽とは、木材を製材する職人をいい、また木宿とは薪や炭を扱う薪炭[しんたん]屋をいう。 以後、近年まで塩町と加賀町には材木屋や製材所が集中していた。 村上ロータリークラブ 2017-2018 村上小古路プロジェクト発行「村上小古路マップ」より

鹽竈神社[しおがま-じんじゃ]

承安3(1173)年、塩谷字古屋敷(現在の松和町)の地に創建。慶長2(1597)年に本庄出羽守[ほんじょうでわのかみ]家長とその父・重長の病気平癒、武運長久と繁栄を祈願し、社殿を再建したと伝えられています。享保16(1731)年には境内地の狭隘化[きょうあいか]により、現在地に奉遷されました。現社殿は明治11(1878)年に再建されたもので、昭和18(1943)年に拝殿および幣殿が改築されました。 主祭神は塩土老翁命[しおつちおじのみこと]、合殿は天照皇大神[あまてらすすめおおみかみ]、水波売命[みずはのめのみこと]を祭っています。 また、塩谷では「亀」を氏神の使いであるとして、とても大切にしています。亀をモチーフにしたおもちゃやお菓子などは、境内の池に納める習わしがあるといわれています。

旧マルマス醬油蔵(旧野澤豊五郎醸造醬油蔵)

明治初期からしょうゆの醸造を手掛けていましたが、平成15(2003)年に廃業。百数十年の歴史に幕を降ろしました。 現在は、蔵の大空間を利用した多目的ステージやカフェスペースとして利用されており、イベント時などに開放しています。また、平成27(2015)年7月には、映画『殿、利息でござる!』の撮影が行われました。 平成28(2016)年8月1日、塩谷集落内の野澤食品工業店舗兼主屋・野澤三次郎住宅・瀬賀惣一郎商店兼主屋と倉庫とともに国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。

イヨボヤ会館

「イヨボヤ」とは、村上の方言でサケ(鮭)のこと。館内では、サケをはじめ、さまざまな淡水魚等を観察できます。サケ漁に使われる漁具の展示、コンピューターゲームで楽しくサケのことが学べる「こどもサケ科学館」等、サケの生態や村上の鮭文化を知ることができます。また、三面川の分流・種川の中をガラス越しに観察でき、自然の川の様子や秋には遡上するサケをご覧になれます。タイミングが合えば、産卵の瞬間に出合えることも! ----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 2026年7月1日(水)から、施設の入館料・開館時間・休館日が変更になります。 【入館料】 [単館]一般600円/小中高生300円 ≫ 一般700円/小中高生300円 [4館*共通券]一般1,000円/小中高生500円 ≫ 一般1,300円/小中高生600円 *4館(おしゃぎり会館・若林家住宅・村上歴史文化館・イヨボヤ会館) 【開館時間】 9:00~16:30 ≫ 9:00~16:30(1・2月10:00~16:00) 【休館日】 年末年始 ≫ 水曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始(12/28~1/4) 【変更に関するお問い合わせ】 TEL 0254-53-3368(村上市農林水産課 林業水産振興室)

大満虚空蔵尊

ご本尊の虚空蔵菩薩[こくぞうぼさつ]は、智恵・福徳をお授けする仏で、丑寅年生まれの守り本尊です。 毎年春(4/13)・秋(10/23)に大祭があり、大護摩祈祷を厳修いたします。

村上城跡(お城山)

村上城は、標高135mの独立峰・臥牛山[がぎゅうさん]に築かれた城で、築城年代は不明ですが、16世紀前期には城が存在していたものと考えられます。戦国時代には本庄氏の本拠地として、永禄11(1568)年の上杉謙信との篭城戦など、幾度も戦いが繰り広げられました。江戸時代に入ると、村上氏・堀氏・松平氏らの城主によって城の改造と城下町の建設が行われ、村上城は北越後の中心拠点として整備されました。 山頂までの道は整備され、約20分ほどで登ることができます。村上のシンボルとして近隣住民はもちろん、観光客もたくさん訪れる名所です。 ≫ご注意ください ・ゴミ箱は設置されていません。出たゴミは必ずお持ち帰りください ・山頂(天守跡)に自動販売機やトイレはありません。自動販売機は登城口に、トイレはお城山児童公園をご利用ください ・音の出るもの(熊鈴・ラジオ等)を携行し、複数人で行動するなど、クマとの遭遇を避ける対策を行ってください

普門山 東林寺

創立は明暦元(1655)年3月、開山は泉梁[せんりょう]和尚で満福寺の末寺です。その以前は、妙心庵[みょうしんあん]と称した庵寺であったといわれています。 その妙心庵に隠居生活をしていたのが、村上茶の元祖といわれている徳光屋覚左衛門(本名:土田)夫妻です。そのため境内には、夫妻の墓碑と頌徳[しょうとく]碑が建立されています。 また、寺内には夫妻の肖像画もあります。覚左衛門の没年は寛永11(1634)年6月26日。頌徳碑の建立は大正11(1922)年で当時の住持・竹内越岸[えつがん]の発起によります。

【2025年営業中止】ゴールドパーク鳴海(鳴海金山)

【2025.04.22更新|2025(令和7)年度の営業中止について】 朝日スーパーラインが通行止めのため、2025(令和7)年度の営業を中止いたします。楽しみにされていた皆様には大変申し訳ありませんが、何卒ご理解いただきますようお願いいたします。 ----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 慶長年間には、全国の産金量の3分の1を産出したといわれている鳴海金山跡(黄金坑・大切坑)は、当時のタヌキ掘り(手掘り)の跡と荒々しい岩肌が残されたままになっています。千二百年の時を越え、現代によみがえった鳴海金山の姿をご覧ください。

體真山 満福寺[たいしんざん-まんぷくじ]

創立は慶長元(1596)年、開山は耕雲寺14世 剛安寿金禅師[ごうあんじゅきんぜんじ]。宝永2(1705)年での山号は村上山とある。後に慈海山[じかいさん]と改め、さらに體真山[たいしんざん]と改めた。 山号を改めた理由は不明であるが、村上山の山号は地名によることは明らか。文書上の村上の初出は永正6(1509)年9月11日である。 文化2(1805)年に建て替えられた時の費用は、90両3分2朱と銭1035貫730文。全て銭にすると、1651貫862文であった。当時の大工日当は150文、米1俵が1貫650文の時代である。 (「城下町村上 寺社の由来」より)

三の丸記念館

三の丸記念館は、明治40(1907)年に村上銀行本店として建築されたものです。村上銀行は、明治11(1878)年に国立銀行として誕生した「村上第71国立銀行」の業務を引き継いだことから、鬼瓦には図案化された「七十一」の文字が刻まれています。昭和57(1982)年まで現在の第四銀行村上支店の位置で店舗として活用されていましたが、銀行の改築に伴い、明治末期の貴重な建築物の保存のため、現在の位置に曳家により移転・保存されています。現在は、集会場や作品展の展示会場として活用されています。

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