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越後村上鮭塩引き街道

城下町村上町屋エリア
歴史・文化

塩引き鮭が軒下で揺れる、村上・冬の風物詩

≫ご注意ください
「越後村上鮭塩引き街道」は例年12月1~20日に開催されます。

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村上の伝統文化である「塩引き鮭」が、各家の軒下に吊るされます。塩引き鮭は、腹の一部をつないだままにする「止め腹」と呼ばれる独特の切り方、下げる際も頭を下にするという特徴があります。このような点にも注目してご覧ください。
住所 村上市庄内町~小町坂周辺
電話番号 0254-53-2258(村上市観光協会) ※9:00~17:00 0254-53-2258(村上市観光協会) ※9:00~17:00
営業時間 例年12月1日~20日(見学自由)※地域住民へのご配慮をお願いいたします
アクセス(車) 日本海東北自動車道「村上瀬波温泉IC」から車で約6分
アクセス(電車・バス) JR羽越本線「村上駅」から徒歩で約20分
駐車場(台数) 市内の観光駐車場をご利用ください
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関連スポット

體真山 満福寺[たいしんざん-まんぷくじ]

創立は慶長元(1596)年、開山は耕雲寺14世 剛安寿金禅師[ごうあんじゅきんぜんじ]。宝永2(1705)年での山号は村上山とある。後に慈海山[じかいさん]と改め、さらに體真山[たいしんざん]と改めた。 山号を改めた理由は不明であるが、村上山の山号は地名によることは明らか。文書上の村上の初出は永正6(1509)年9月11日である。 文化2(1805)年に建て替えられた時の費用は、90両3分2朱と銭1035貫730文。全て銭にすると、1651貫862文であった。当時の大工日当は150文、米1俵が1貫650文の時代である。 (「城下町村上 寺社の由来」より)

重要文化財 若林家住宅

二百数十年前に建設され、その後、復原された若林家住宅。若林氏は、村上藩で物頭[ものがしら]役150石で中級上位の家柄に属します。曲屋[まがりや]づくりの茅葺平屋建で、部屋割りも細かく、典型的な中級武家住宅の特色を伝えていることから重要文化財に指定されました。市の文化財に指定されている、庭園の四季折々の表情もご覧ください。 【若林家住宅とは】 若林家住宅は、今から二百数十年前から明治期まで、村上藩士・若林家とその子孫の生活の舞台であった建物である。 若林家が内藤家に召し抱えられたのは延宝2(1674)年で、天和2(1682)年には内藤分家の家老職を務め200石を給されていた。その後、内藤本家に再任され、150石に減ぜられたが、内藤家中の中級上位の藩士として、大目付、長柄[ながえ]奉行、普請奉行、町奉行、三条奉行などの要職に就いている。 天明7(1787)年の『越後村上分限帳』では、筆頭家老から12番目「者頭(物頭)」の項に下記のような記述があることから、現在地の若林家住宅に生活するようになった頃には150石者頭役で、18人の足軽を指揮していたことが知られる。 一 百五拾石  若林七太夫 一 金三両弐分二人扶持  小頭 野崎文吉 一 金三拾七両三拾四人扶持 内弐両弐分取六人 足軽十七人 また、昭和6年編纂の『村上郷土史』所収の禄高順記載による「村上藩士一覧表」には、「給人百五十石 若林佐市郎」とあり、足軽まで含めた総藩士731人の家臣(内 石取藩士は約150人)の上から54番目(石取藩士の中級上位)に記されている。 旧村上藩「者頭」若林家住宅には、私的居住部分と者頭の役宅部分からなっていることが知られる。 (村上市郷土資料館)

三の丸記念館

三の丸記念館は、明治40(1907)年に村上銀行本店として建築されたものです。村上銀行は、明治11(1878)年に国立銀行として誕生した「村上第71国立銀行」の業務を引き継いだことから、鬼瓦には図案化された「七十一」の文字が刻まれています。昭和57(1982)年まで現在の第四銀行村上支店の位置で店舗として活用されていましたが、銀行の改築に伴い、明治末期の貴重な建築物の保存のため、現在の位置に曳家により移転・保存されています。現在は、集会場や作品展の展示会場として活用されています。

赤坂屋小路

赤坂屋は、大町の大手門脇にあった商家・大年寄伊與部助次郎である。赤坂屋小路の由来は、この赤坂屋の敷地内に造られた私道に由来すると思われる。 文政9(1826)年の町絵図では、間口22間5尺6寸、奥行は堀まで28間5尺という広大なものであった。 酒造業を営んでいたが、持株は5本で2,120株。村上町は全部で38本、10,109株であったから、その2割を持っていた。 村上ロータリークラブ 2017-2018 村上小古路プロジェクト発行「村上小古路マップ」より

観音寺

真言宗のお寺で、開基は権大僧都宗快上人であると伝えられています。わが国最後といわれる仏海上人の即身仏(明治36年入寂)の御姿が奉安されています。 【仏海上人】 文政11(1828)年5月9日、村上市安良町の近藤家の長男として生まれ、18歳で湯殿山 注連寺に入門し、本明寺でも修行。その間、15年にわたって仙人沢で荒行を重ね、伊豆・天城山や酒田の海向寺でも修行を行いました。35歳の時、五穀絶ちの木食行をはじめ、慶応3(1867)年に37歳で本明寺の住職となり、明治7(1874)年に村上の観音寺に戻ります。明治21(1888)年5月、注連寺が全焼したため、注連寺の住職となって寺を復興。再び故郷へ戻り、明治36(1903)年に76歳で入定しました。41年にわたる苦行を成し得た、日本最後の即身仏です。

笹川流れ観光汽船

潮風とカモメに会える40分コースの船旅。新潟県の名勝・笹川流れのエメラルドグリーンと白砂、ダイナミックな奇岩が体感できます! 特別便「笹川流れ夕暮れクルーズ」(4~11月の各月1回・要予約(定員60名)/大人2,500円・小人1,000円)も人気です。 ≫運航期間 例年3月下旬~11月下旬 ※2026年は4月17日(金)~11月25日(水)を予定 ≫出航時間 第1便 9:00頃(★) 第2便 9:40頃 第3便 10:30頃 第4便 11:30頃 第5便 12:30頃(★) 第6便 13:20頃 第7便 14:20頃 第8便 15:10頃 第9便 16:00頃 ※(★)第1・5便は繁忙時期の混雑緩和のための臨時便です。繁忙時期以外は基本的に運航しませんが、当日の状況により臨時運航する場合があります

うおや塩引館

明治期の洋館を模した瀟洒な外観。店内では、老舗魚屋・鮭加工品製造の「越後村上うおや」が手掛ける鮭製品を中心に、各種切り身加工品や干物・おみやげに喜ばれる郷土の逸品などを販売しています。

村上市指定文化財 旧藤井家住宅

現存する直屋の武家住宅としては最も大きく、解体調査時に嘉永3(1850)年の棟札が発見されました。城下絵図では重野兵馬の屋敷とあり、明治30年代に藤井氏が取得したものです。 【藤井家住宅の履歴】 旧藤井家住宅が建てられたのは、建物に使用されていた梁の仕口に記されていた墨書から、江戸時代後期の嘉永3(1850)年と推定される。 元、この住宅は内藤家家臣 重野氏の屋敷で、代々250石を給され、者頭役や普請奉行などを務めた、内藤藩では中級上位の武士であった。明治維新後、重野氏は村上を離れることになるが、その後この住宅は、明治35~36(1902~03)年頃に藤井氏の所有となる。 【藤井政紀(医師)】 慶応2(1866)年、村上町の医師・藤井唐民の第6子として出生。明治19(1886)年、県立新潟医学校を卒業して、東京順天堂医院の佐藤進に学び、東京顕微鏡院での研修の後、浜田産婦人科で浜田玄達について産婦人科を学ぶ。帰郷して村上本町堀片で産婦人科の医院を開業。明治37(1904)年、独力で自宅内に私立村上産婆学校を創立し、岩船郡下の助産婦の養成を開始する。しかし、病弱のため大正10(1921)年これを廃止する。大正14(1925)年没。享年60歳。(村上市史より抜粋) この時、藤井氏は武家住宅であったものに大幅な増改築を行っている。特に診療所や病室、2階の産婆学校の教室等がこれである。また、この増築に併せて、診療室や病室と主屋の接続部分、台所・浴室等の水廻り部分、座敷・居室など住宅全体にわたって改造されたことが判明している。 (中略) 政紀氏は大正14年に静養先の東京池袋で没するが、その後病院は、藤井卯門氏によって継続されていたようで、昭和8(1933)年に病院を改築した際に、東京の藤井班象氏から村上の卯門氏へ、修繕費の内金の受領書が、改築前図面と共に残されていた。 そして、この昭和8年に改築された姿が、ほぼ解体調査前の姿に引き継がれてきたものと考えられる。 そして平成7(1995)年に、この住宅は東京都在住の藤井氏から村上市に寄付され、土地については村上市が取得し、解体調査と保存工事が行われ、平成10(1998)年に現在の姿に復原され公開されている。 武家住宅としては、重野氏の屋敷跡であるが、この住宅が村上市に寄付されたときの所有者である藤井氏の意思を尊重して、住宅の名称も「旧藤井家住宅」とした。 (村上市郷土資料館)

一ツ橋陣屋跡の碑

幕末期の40年間、徳川御三卿の一つであった一橋家の陣屋跡。明治以降は跡地に旧金屋村役場が建てられました。現在では碑が置かれ、見事な枝ぶりの老松が当時の面影をしのばせます。

岩船港鮮魚センター

地元・岩船や粟島で水揚げされた鮮魚をはじめ、当店自慢の鮭のみそ漬、粕漬、手作り干物。新鮮でおいしいお魚を販売しております。

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