初めて口にしたあめの記憶は、祖母が割り箸の先に巻き付けてくれた水あめ。光の帯のように艶々と伸び、いつまでも甘く、うっとり夢見心地になったものです。以来、あめには甘い・おいしいだけでない、ノスタルジアのようなものがつきまといます。
2024年、日本遺産「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間 ~北前船寄港地・船主集落~」に追加登録された村上市塩谷[しおや]。この地で三代続く菓子店・銀月堂には、創業時から作り続けているあめがあります。変わらぬ手法で作られる一粒に、あめに対する想いはさらに深くなりました。
取材日:2025年9月9日
お菓子の名にふるさとの情景を込めて
店名は、俳句をたしなんでいた創業者の俳号から名付けられたそう
新潟県で一番低い山、稲荷山(番所山)のほど近くに明治43(1910)年創業の老舗菓子店・銀月堂はあります。創業者は現店主・野澤孝さん(一番上の写真左側)の祖父で、当時は職人を雇い、地元の人に向けて、おやつのような駄菓子や和菓子を作っていたそう。三代目にあたる孝さんは、東京で洋菓子の技術を学んで帰郷。これまで作っていたお菓子に加え、クッキーやマドレーヌなどの洋菓子も作るようになり、冠婚葬祭等で配られる式菓子も請け負うようになりました。
パッケージや包装紙にも、ふるさとへの想いが詰まっています
銀月堂のお菓子には、そのどれもに地域の名所や景色を想起させる名が付けられています。創業時からあるもなかは「お幕場の月」、フランボワーズ入りミルクあんをサンドした「すなはま散歩」は、塩谷の浜をそぞろ歩く景色が思い浮かびます。手にしたお菓子の名に思いをはせ、その甘さを味わうとき、村上・塩谷の景色を思い出してほしい。お菓子の名には、そんな思いが込められています。
一粒一粒、手間暇を惜しまず
多彩なお菓子を手掛ける銀月堂で、創業時からある駄菓子の一つが手作りのあめです。材料・工程ともにシンプルなあめですが、その分、職人の経験がものをいいます。今回は、そのあめ作りの様子を見学させてもらいました。
煮たてたあめを木べらから指に取って口へ。歯でかんで硬さを確認します
(左)煮詰めたあめをボウルへ移し、水に当てながら温度を下げていきます
(右)ストーブの熱であめの柔らかさを保ちつつ、切り出す分を細く伸ばします
銀月堂は、町家特有の奥へ長い造りで、商品が並ぶ店舗の奥に作業場があります。中では、すでにしょうゆあめの原料が煮たてられており、香ばしい匂いと熱気が満ちていました。ぐらぐら煮える鍋の中身は約150℃、時折硬さを確かめるために木べらを入れ、指先に取って素早く口へ運びます。孝さんいわく「歯でかんでみて、『カッキーン』って感じになればOK」とのこと。煮詰まったあめは、別のボウルに移し替え、水を張ったたらいで底から冷やしながら、加工しやすい温度まで冷まします。
釣り糸であめを一粒ずつ切り分けます。糸の先端には小さな靴べら(右手が握っているもの)が取り付けられていて、糸に力が入るように工夫されています
(左)切り終えたあめを一粒ずつオブラートに包みます
(右)オブラートに包む作業は夫婦並んで
熱が取れたあめは、小包ほどのひとかたまりにして、カンカンにたいたストーブ前に置かれます。ここからの作業には妻の由美子さんも加わり、連携してあめを切り分けていきます。かたまりから細く伸ばしたあめを、首から下げた釣り糸で小気味よくカットしていく孝さん。由美子さんは、かたまりのあめが硬くならないよう、ストーブの前であめを動かし続けます。切り終えたあめは、一粒ずつオブラートに包んで完成です。
出来立てのしょうゆあめは、琥珀[こはく]のように艶々と輝いています。形が不ぞろいなのも愛らしく、手に取って眺めていたい、そんな気持ちになりました。「いいあめは、何個なめても口の中が痛まない」と孝さんは言います。材料・工程、そして職人の経験がこの一粒に結晶している。そう思うと、幼い頃から抱いているあめへの憧憬もさらに色濃くなりました。
銀月堂のお菓子3選
手作りあめ
1袋160円・税込
上記で製造工程を紹介した銀月堂の手作りあめは、しょうゆの他に黒糖・ニッキ・ハッカと4つの味がそろいます。しょうゆは地元のものをブレンドして用い、黒糖は沖縄県産を使用するなど、厳選した材料と実直な手法で作られた、昔ながらの「何個でも口にしたくなる」あめです。
おひさまクッキー
1袋5枚入り700円・税込
生地に米粉を配合した、手のひらほどもある大きなクッキー。中央にはほろ苦チョコレート、その周りを食感の軽いクッキー生地が囲い、上にキャラメリゼしたスライスアーモンドが乗っています。パッケージでは「夕日のきれいな村上 夕日スポットはどこ」と問いかけます。
最中 お幕場の月
1個160円・税込
創業時からある銀月堂の定番和菓子。こだわりの粒あんは、十勝産小豆に白あんを合わせた自家製です。あんの甘さは、時代に合わせて少々控えめに。一つ食べれば、満ち足りた気持ちになる銘菓です。
銀月堂のお菓子の一部は、道の駅神林(穂波の里)併設のとれたて野菜市かみはやしでも取り扱っています。
銀月堂
所在地 村上市塩谷1256
電話番号 0254-66-5550
営業時間 8:00~18:30
定休日 不定休
駐車場 4台