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城下町村上 寺社の由来 城下町村上 寺社の由来

城下町村上 歴史の息吹が甦る

2012/03/04

一心山無量院 専念寺

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創建は元和(げんな)七年(一六二一)京都知恩院の末寺。本尊は阿弥陀如来で脇侍は観音菩薩と勢至菩薩である。開山の呑徹(どんてつ)上人は豊臣家臣(とよとみかしん)、新田源左衛門尉貞経(にったげんざえもんのじょうさだつね)の五男。

 

京都の法然院(ほうねんいん)で修業し、その後江戸に出て伝通院や増上寺(ぞうじょうじ)で学んだ僧である。

 

寺の記録によると、慶安二年(一六四九)松平大和守直矩(まつだいらやまとのかみなおのり)侯播州姫路より村上城主として入封、その後同寺は菩提寺となる。寺を再建し鐘楼を建立、荘厳を整え、そして京都の仏師が彫った千躰佛(せんたいぶつ)(千躰のお地蔵様)を奉祀(ほうし)したが、明治九年の火災でわずかを残して焼失、現存するのはその後の作で、身丈六尺の地蔵菩薩とともに祀られている。境内には院殿号の墓があり、当時のものと思われる。

 

本堂前にある阿弥陀如来の石像は九品仏の下品中生仏である。

 

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浄土宗 新潟県村上市庄内町7-8

目次

はじめに2012/03/04
神明宮2012/03/04
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