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城下町村上 寺社の由来 城下町村上 寺社の由来

城下町村上 歴史の息吹が甦る

2012/03/04

海巗山(かいがんざん) 諸上寺

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寺伝によれば、大化年間(645~49)には感應(かんおう)寺という天台宗(真言宗とも)の寺で、石船神社の別当であった。その後、一時期廃絶したが、文明7年(1475)3月に耕雲寺5世の徳嶽宗欽(とくがくそうきん)大和尚によって再興されるが、再び荒廃する。天正元年(1573)5月にいたり、村上領主 本庄繁長(ほんじょうしげなが)侯が巖室文松(がんしつぶんしょう)大和尚を招いて開山とし、寺号を諸上寺と定めた。

 

開基は村上領主 堀直竒(なおより)侯で、寺領地も堀家の寄進によるものであった。躑躅(つつじ)の咲く庭園は見事なもので、虚空蔵(こくぞう)堂が建つ。裏山には三十三番の観世音菩薩が祀られている。現在の本堂は天保元年(1830)に再興されたもの。

 

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曹洞宗 新潟県村上市岩船三日市10-19

目次

はじめに2012/03/04
神明宮2012/03/04
鹽竈神社2012/03/04
西奈彌神社2012/03/04
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