(絵図1)
(絵図2)
「初期の村上城下」を本紙(『むらかみ商工会議所ニュース』のこと)に掲載したはじめは2009年。絵図1は、慶長2(1597)年の村上城と城下町の姿を描いたもので、絵図2はその約21年後に描かれたものである。その間、いかに大変貌を遂げたか、この図によっても明らかである。
山上の城には石垣が築かれ、城下には二の丸や三の丸の堀、各要衝には桝形(ますがた)を備えた門が建つ。城下の表玄関口を南西として北国道につなげ、裏玄関口の桝形を東北に設けて出羽道につなげている。いまだ久保多町は名のみである。片町は堀片(ほりかた)のところである。
村上城下町の寛永12(1635)年である。
大場喜代司
『むらかみ商工会議所ニュース』(2017年11月号掲載)村上市史異聞 より