庄内町の家並みの一角で、写真の見出しには「赤小旅館」とある。黒塀続きの本館は、出格子に格子戸が連なり、屋根は瓦葺きか。2階は陰影に沈んでいるが、庇(ひさし)の下は連子(れんじ)のようである。
見越しの松に黒塀は、最近までその姿を残し、白く乾いた表通りに、初蝉が三日の声を梅雨の利休鼡(りきゅうねず)の虚空に降り散らし、薄墨を掃くころには、黒い羽ばたきが聞こえていた。
「粋な黒塀 見越しの松」とは、歌舞伎の『玄冶店(げんやだな)』の一場面で、切られ与三郎がゆすりにきて、お富と再会する場面である。そも『玄冶店』とは江戸の地名で、幕府の医師・岡本玄冶の屋敷があったことにちなむ、と『日本国語大辞典』にある。ただし、歌舞伎の場合は玄冶をもじって源氏(げんや)と書く。
とまれ本件のような家屋は、村上城下のあちこちに散見されてあったが、生活の変化に伴い、次第に姿を変え、文明の野暮天(やぼてん)が日和下駄(ひよりげた)の乾いた音を消し、障子ににじんだ灯油の明かりを蹂躙(じゅうりん)してしまった。
大場喜代司
『むらかみ商工会議所ニュース』(2018年6月号掲載)村上市史異聞 より