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昔のことせ! ~村上むかし語り~ 昔のことせ! ~村上むかし語り~

当コンテンツは村上商工会議所が毎月発行している
むらかみ商工会議所ニュースで連載していた
『村上市史異聞』を転載したものです。
※2024年5月号で連載は終了しました

 

 

著者である大場喜代司さん(故人)
村上の昔のことを、あれやこれやと語ります。

 

 

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2008~2015年に書かれたものはこちら

2022/02/01

157 村上城 赤津門

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※場所はおおよその位置で正確なものではありません

 

正式名称は田口門である。「あかづ」は、普段閉まっている門であったゆえの通称である。田口は、その門のあった地名が田口と称していたからにほかならない。門が立っていた場所は、現在のDAMZ(ダムズ)村上店の西面あたりである。

 

その門から城山の上へ至る径(みち)は沢筋につけられている。絵図の右上の径で、中ほどに立つ門が田口中門である。

 

赤津門の規模は2間1尺に4間5尺であったから、先月紹介した市内門とほぼ同じである。しかし、「冠木作り」と記録されている。冠木門とは、2本の柱の上に冠木を通して屋根をかけたもので、通常の門より簡素な造りである。

 

絵図の門の屋根は茅葺(かやぶ)きのように見える。図の作製者の想像かもしれない。門の左右は土塁状に描かれているが、実は城山の麓の端である。その外側に描かれる堀は、国道7号の東下にあたる。堀の幅は8間であったというから、いかにも城の搦手*(からめて)を防禦(ぼうぎょ)する堀らしい。
*城の裏門

 

 

大場喜代司
『むらかみ商工会議所ニュース』
(2021年3月号掲載)村上市史異聞 より

 

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